CULTURE

ニューヨークのタワー、どこから見るか。

文・近藤聡乃

2021.10.13(Wed)

photo: Lisa Kato
illustration: Ryuto Miyake
coordination: Momoko Ikeda
text: Akino Kondoh
2018年5月 853号初出
※時制は掲載当時のままです。

東京とニューヨークを舞台に、えいこさんの恋と日常を描く漫画『A子さんの恋人』より
©近藤聡乃/KADOKAWA

 一年だけのつもりでやって来たのに、今年でニューヨーク在住十年になります。マンガを描いたり、絵を描いたり、大雑把にいうと作家活動をしている近藤聡乃と申します。十年前は二十代でしたが、三十七歳になりました。時の流れは年々早く感じるようになると言いますが、この十年は本当にあっという間に過ぎてしまいました。英語に少しずつ慣れたり、ビザ取得に疲弊したり、アメリカ人男性と結婚したり、盛りだくさんの十年だったはずなのですが、振り返ると「あっという間だった」と思うばかりです。時の流れを加速させている一因は、現在抱えている二つのマンガ連載かもしれません。一つは年十回刊行誌での連載で、もう一つはwebマガジンでの隔週連載です。〆切りまであと何日、と指折り数えるような生活をしていると飛ぶように時間がたってしまいます。

 さて、去年十二月寒風の中、私はソーホーの北の外れをうろついておりました。遠く、ビルの隙間からエンパイアステートビルディングが見えるスポットを探していたのです。マンガの資料撮影のためでした。雑誌連載の方のマンガ『A子さんの恋人』の中で、主人公とその恋人が散歩しながら「あ、エンパイア」と指差す回想シーンが描きたかったのです。

 描きたいシーンは決まったものの、どこが「遠く、ビルの隙間から」の地点なのか、いざとなってみるとわかりません。

 Google Mapで検索してみると、エンパイアステートビルディングは5thアベニューと34thストリートの角に建っていました。縦に区切るのがアベニューで、横に区切るのがストリート、マンハッタンは碁盤目状になっています。ストリートは北から南に若くなってゆき、1stストリートにあたるのがハウストンストリートです。余談ですが、ソーホーとは、South of Houston Street、つまりハウストンストリートより南の地区、詳しく言うとハウストンストリートとキャナルストリートの間の一部の地区を指します。作中で主人公の恋人「A君」はキャナルストリート寄りのソーホーに住んでいるという設定なので、二人が散歩する範囲をソーホー付近と決め、ソーホーの北の外れ、ハウストンストリート沿いの5thアベニューを南下したあたりに行ってみることにしました(正確には、ハウストンストリートの西の方は、ウェストハウストンストリートと呼ばれます)。

 家を出て北に向かって歩き、ハウストンストリートで左に曲がって5thアベニューの方に進みつつ、エンパイアが見える地点を探しました。予想外に地図上でベストスポットと思われた地点ではよく見えません。さらに西に向かって少し歩くと、サリバンストリートの角で見えました。「ビルの谷間に」と思い描いていましたが、実際には「建物の隙間に」でした。近くの建物や木々の隙間からエンパイアが遠くにキラリと見える感じです。ちょっとイメージと違うとは思いつつ撮影し、振り返ると南にフリーダムタワーが見えてハッとしました。

 フリーダムタワーは、2001年9月11日に同時多発テロで倒壊したワールドトレードセンターの跡地に建てられた高層ビルです(正式名称は1ワールドトレードセンター)。エンパイアを抜いて、現在ニューヨークで一番高いビルでもあります(エンパイアは現在三位)。なぜハッとしたのかと言いますと、話はさらにその一ヵ月前に遡ります。その日、私はソーホーの南の外れをうろついていました。もう一つの連載『ニューヨークで考え中』というコミックエッセイを書籍化するにあたり、描き下ろしのエピローグの中に、このフリーダムタワーを描きたかったのです。歩き回った末にキャナルストリート近くのウェストブロードウェイから南を向いて撮影し、それを描きました。ところが、エンパイアの撮影ついでに偶然見つけたフリーダムタワーは、私が既に描いてしまったものより、ずっと絵的に良かったのです。ああ、こっちを描ければ良かったのにとガッカリしました。

 肩を落とす私を尻目に、散歩がてら同行していた夫が「ここのスコーンはおいしいよ」といって、サリバンストリート沿いの『Once Upon A Tart』(※現在閉業しています)に入って行きました。私は店の外で「そうか、南の方に建っているからといって、南に行けば行く程良い写真が撮れる訳ではないのだ」と思いつつ、描くあてもないのに、フリーダムタワーを撮影しました。ということは、と振り返るとエンパイアも先程の地点よりよく見えます。さらに少し南に歩くと、ベストと思われる地点が見つかりました。夫に車がこないか見張ってもらいつつ、車道の真ん中からの撮影に成功しました。

 しかし、帰宅して写真を確認したら、エンパイアは光の中に消えて写っていなかったのでまたガッカリしました。たしかに肉眼でも遠くにキラリと見えていたっけな、でも、まぁいいかと思えたのは夫が買ったスコーンが予想を超えるおいしさだったからです(私的現時点で、ニューヨークで一番)。「スコーンを買うついでに再撮影すれば良いのだ」と思うと辛さは半減しました。

 結果から言いますと、二度目のスコーンもおいしかったものの、再撮影したエンパイアの写真はまたしても没になりました。後日「A君がひとりで散歩する場所」の資料撮影に街をうろついていたら、思いがけなくチャイナタウンやリトルイタリーからエンパイアが見えるのを発見したのです。碁盤目状の道が少し曲がっているのか、地図上では真下にあたる先日の地点からよりも、斜め右下にあたる場所からの方がずっと良く見えました。Google Mapで見当をつけるのは難しそうな地点です。

 そして先日、ミッドタウンを歩いていたらクライスラービルが見えたので、すかさず写真を撮りました。エンパイアの一件から「日頃から良い眺めに出会ったらコマメに撮影しよう」と決めたのです。ベストスポットというのは急に探そうとしても難しいのだから、と帰宅して写真を確認したら、クライスラーも又、光の中に霞んでいました。肩を落としつつ私は、良い眺めというのは肉眼で見るから良いのだ、と自分に言い聞かせたのでした。でも、いつでも再撮影に行けるよう、場所はちゃんと控えました。51stストリートとレキシントンアベニューの角です。お近くにお越しの際は、是非肉眼でしっかり見てください。

自身の日々を記したコミックエッセイ『ニューヨークで考え中』より。第2巻発売中。
©近藤聡乃/亜紀書房

プロフィール

近藤聡乃

2008年よりNY在住。Webマガジン『あき地』にて「ニューヨークで考え中」を連載中。
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