カルチャー

キャラクターが過剰に成長するから漫画は面白い!

話してくれたのは、批評家・入江哲朗さん。

2022年10月28日

text: Keisuke Kagiwada
2022年11月 907号初出

 少年漫画の多くは、キャラクターの成長を描きます。しかし、ときにその成長が、「そんなバカな!」と突っ込まざるをえないほどエスカレートしすぎる場合がある。私が偏愛するのは、そんな過剰成長を描く作品です。

 そもそも、漫画でキャラクターの成長を描きつづけることは難しい。だからこそ、そこに作者ごとの工夫が表れます。最も有名な例は、『DRAGON BALL』の、戦闘能力を数値化するスカウター。当初は200~300あたりだったその数値は、連載を重ねるごとに高騰し、ついには悟空が18万を叩き出してしまう(笑)。まさに過剰。

 数値化できない成長はどう描くのか。現代美術に魅せられた主人公の矢口が藝大を目指す『ブルーピリオド』の場合、作中に登場する矢口の絵を見ても、彼がうまくなったのかどうか、多くの読者にはよくわかりません。だから予備校講師が、「いいじゃん!」と言ってくれています。矢口の成長ぶりを、読者は第三者の反応から学ぶわけです。

 現代美術以上に読者に伝わりにくいのが味の良しあし。それを伝える工夫のひとつが、〝ビジョン〟を描くことです。ワイン漫画『神の雫』では、主人公がすごいワインを口にしたその次の見開きに、なんとバリ島の祭りの風景が現れる(笑)。「まるでバリ島の祭りの中にいるみたいな味」という比喩を、そのまま描くことで読者を納得させてしまう。これは漫画ならではの面白さであり、ビジョンを豪華にしてゆけばキャラクターの過剰成長も描けます。

『神の雫』には別のタイプの過剰成長もあります。主人公のライバルのワイン評論家が、その道を究めるために、土を食べてどのぶどう畑かを当てるという場面がそれ。明らかにそこまでする必要ないし、それはもう土評論家だろ! という(笑)。これは、成長の手段の過剰追求というパターンです。

 このパターンは、『新テニスの王子様』や『刃牙』シリーズでいっそう派手に描かれます。例えば『バキ』によると、主人公の刃牙は過剰成長したため、乗り物に乗るよりも走るほうが速いらしい。それを読者に納得させるだけの不思議な説得力が『バキ』にはある。こんなふうに、常識の向こう側へ連れてゆかれるという体験が、過剰成長を描く漫画の醍醐味だと思います。

成長1 成長を数値で示す!

©バード・スタジオ/集英社

「格闘漫画における成長、つまりキャラクターがどんどん強くなることを、漫画でどう表現するのか。週刊連載を通してこの課題に直面した鳥山明先生が、スカウターを発明しました。もしかすると、これはパンドラの箱だったのかもしれません。実際、本作において戦闘力はインフレ化し続け、最終的にフリーザは53万という数値を叩き出す。ここまでくると、もはやどれだけ強いのかよくわからない(笑)」

OVERGROWTH Manga 1

DRAGON BALL

鳥山 明
集英社 1984~’95年 全42巻
地球育ちのサイヤ人(宇宙最強の戦闘民族)である孫悟空の成長と、彼の前に次々と現れる猛者たちとの激闘を描く。ドラゴンボールとは、7つ集めるとどんな願い事でも叶う至宝のことで、物語の鍵を握っている。

成長2 第三者に言わせちゃう!

「左は、矢口が受験前に予備校で最後の作品提出をした場面。一般的な受験漫画なら、主人公の成長を点数の上昇により表現できます。しかし、矢口の場合、現代美術という評価基準が曖昧な分野での上達を、漫画の白黒の絵によって読者に納得させるのは難しい。だから予備校講師に『いいじゃん!』と言わせる。周りの反応をレベルアップさせてゆけば、さらなる成長を読者に伝えられます」

OVERGROWTH Manga 2

ブルーピリオド

山口つばさ
講談社 2017年~連載中 既刊12巻
成績優秀でスクールカースト上位に君臨しているものの、どこか空虚な日々を送る高校生の矢口八虎が主人公。そんな彼が一枚の絵画を見たことをきっかけに、東京藝術大学を目指す姿を、アートに関する豆知識満載で活写する。

成長3 バリ島の祭りみたいな味……!

「同じような例では、グルメ漫画『食戟のソーマ』が、おいしいものを食べた人がなぜか裸になるというビジョンを描いています。しかし、『神の雫』のこの場面に関して言えば、たしかにソムリエって『バリ島の祭りの熱気が感じられる』みたいに言いがちだよな、という納得感がある。ソムリエが使いがちな比喩をそのまま絵にするという愚直さが、この場面を面白くしています」

OVERGROWTH Manga 3

神の雫

原作/亜樹 直、作画/オキモト・シュウ
講談社 2004~’14年 全44巻
世界的なワイン評論家の神咲は、自身の選んだ12本のワイン“十二使徒”を探し当てたものに遺産を渡すという遺言を残して亡くなる。この“十二使徒”を巡って、息子の雫と若手ワイン評論家の遠峰一青が勝負を繰り広げる。

成長4 ワインではなく土を味わう!

「この場面で土を食べているのは、主人公のライバルの一青です。ワイン評論の道を究めることが一青の目的で、ぶどう畑の知識を蓄えることは手段でしかないはずなのに、その手段を一青は過剰に追求してしまう。結果として、一青は土評論家になってしまう(笑)。これも過剰成長の一種ですけど、要するに空回りですよね。盛大な空回りをドヤ顔でかましている一青は、人間味が感じられて私は好きです」

OVERGROWTH Manga 4

神の雫

原作/亜樹 直、作画/オキモト・シュウ
講談社 2004~’14年 全44巻

成長5 相手の骨まで見えてしまう!

©許斐 剛/集英社

「跡部というキャラクターには、敵の弱点を見抜く“眼力(インサイト)”という能力があるんですが、それが成長した結果、なんと敵の骨まで見えてしまうというのが、上の場面。骨まで見えることは、テニスでの勝利に不要ですよね(笑)。『新テニスの王子様』には他にもヤバい場面がたくさんあり、しかも、現実なのかビジョンなのかよくわからないことも多い。そこがすごいと思います」

OVERGROWTH Manga 5

新テニスの王子様

許斐 剛
集英社 2009年~連載中 既刊36巻
『テニスの王子様』の続編。前作の最後で姿を消したリョーマが帰還。秋に始まったU-17選抜大会において、かつての仲間やライバルたちとしのぎを削る。跡部は、実力と優雅さを兼ね備えた「氷の王様」として描かれる。

成長6 読者まで過剰成長してしまった!

「刃牙が、思いを寄せる梢江に早く会いたくて走る場面です。過剰成長の結果走りが乗り物より速くなるなんて、常識的にはありえない。でも読者は興醒めせず、この場面に笑ってしまう。なぜなら読者は、『刃牙』シリーズ独特の説得力により常識を揺るがされているので、この場面にも、驚きと納得感を同時に覚えるからです。この場面を面白く思う読者もまた過剰成長しているわけですね」

OVERGROWTH Manga 6

バキ

板垣恵介
秋田書店 1999~2005年 全31巻
『刃牙』シリーズ第2部。普通の高校生としてすごす刃牙は、東京ドームの地下に存在する地下闘技場で極秘に行われる格闘試合において、無敗のチャンピオンとして君臨していた。そんな刃牙の常軌を逸した格闘の軌跡を描く。

話してくれた人
入江哲朗/批評家
1988年、東京都生まれ。専門はアメリカ思想史、映画批評。著書に『火星の旅人――パーシヴァル・ローエルと世紀転換期アメリカ思想史』。現在、2020年の本誌の映画特集でも語ってくれた「脳筋映画」について研究中。