TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#3】われらのベティ。
執筆:川勝徳重

川勝徳重
text: Tokushige Kawakatsu
edit: Ryoma Uchida
2024年10月29日
みなさん、ベティ・ブープをごぞんじですか?フライシャー監督が生み出した戦前アニメーションにおける最も有名な女優です。
はじめて銀幕に姿をあらわしたのは1930年の「Dizzy Dishes(ビン坊の料理人)」。パーマ・ヘアに黒いワンピース姿で、一眼で彼女だとわかります。
ただ、その顔は、私たちが想像するベティちゃんとは少し違っていて、プードル犬のように耳が垂れ下がっています。次作の「Barnacle Bill(脱線水兵エロ行脚)」は、前作よりも面白い短編ですが、こちらはもっと犬のような顔をしています。
私の『痩我慢の説』には、ベティという、藤枝静男の原作に登場しない犬が出てきます。それは「のらくろ」+ベティの垂れた耳と鼻というデザイン・コンセプトで生まれました。可愛いでしょ?
むかしの日本では「著作権」という考え方が希薄でした。私の好きな「赤本漫画」と呼ばれるB級漫画の世界は、現在から見ると無法地帯。当時の人気キャラクターがたくさん出てきます。原作者のあずかり知らぬ場所で、みなさん大いに活躍してました。
こちらは当時の雰囲気がわかる戦前の赤本漫画の裏表紙。人気キャラクター全員集合。和装のベティちゃんが可愛いですね。ちなみにオリジナルのベティ・ブープも1935年の短編「A LANGUAGE ALL MY OWN」でニューヨークから、自ら飛行機を操縦して来日します。しかも着物姿で「♪ひとつ大事な とっておき言葉 それは私のBoop-Oop-A-Doop」と日本語で歌ってくれます。嬉しいですね。
みんなもそうだと思うけれど、私もちょっと変な漫画が大好き。折角なので、集めた漫画をいくつか紹介しましょう。
作者不詳「ニコニコ漫画 ミッキーサン」(東京金井、1936年9月)。戦闘機乗りのミッキー・マウス。漫画本編も躍動感があって素晴らしいですね。基本的にこの手のパチ漫画は日本人の漫画家によって描かれたオリジナル作品。ただ、本作はあまりにも構図が洒落ているので参考にした外国の漫画があるかもしれません。表紙の右下に小さく「No.8」と書いてあります。これを見てマニアは「『8』ということは、少なくとも他に7冊あるのか~!」と唸るのです。

作者不詳『コウブンマンガ イタズラクロスケ』(富永興文堂、1935年12月)。風船ガムで有名な「フェリックス」のパチモノ。元々はオットー・メスマーとパット・サリヴァンによる短編アニメーションで、漫画版もあります。漫画版は、1930~32年のあいだ新聞『時事新報』付録の「時事漫画」で正式に翻訳、掲載されました。「イタズラクロスケ」は無許可ですが、原作のアニメーションの雰囲気をよく再現した楽しい漫画です。
なんたって一番人気は「のらくろ」。
釣橋渡郎(=青蛙)『のらくら少尉 ロケット突貫隊』(泰光堂、1935年10月)
「のらくろ」ではなく「のらくら」。ロケットが出てきて嬉しい。
草原さん歩『左膳にが笑』(泰光堂、1934年)丹下左膳とのらくろの夢のコラボレーション。1935年3月『片目片手の丹下左膳』、11月『笑ふ丹下左膳』の二分冊で再販されます。再販本は著者名記載なし。
最後は「POPEYE」らしく〆ましょう!

谷多儀一『新生マンガ ポパイ』カゴメ玩具出版社、1948年5月)
車で疾走するフライシャーのキャラクター(ポパイとベティ)をディズニーのキャラクターが必死に追いかけている表紙絵。アニメーションの歴史を踏まえると、なかなか趣深いものがあります。

ポパイとベティ夫婦と、息子のミッキー・マウス。何故ミッキー・マウスが息子なのか、ポパイの彼女のオリーヴはどこへ行ったのか……。

三人は仲良く休日ドライヴへ。しかし三人は、ドタバタ珍道中の途中で熊に遭遇。

ポパイはほうれん草を食べるでもなく、柔道の胴締めでクマを一発ノックアウト。家に持って帰ってビフテキにして食ってしまうというオチ。野蛮!ベティちゃんも「どれだけ召し上がるの アキレタ」と仰っています。
どうでしたでしょう? めくるめく赤本漫画の世界。漫画が本来持っていた魅力の一側面をお伝えできれば幸いです。それでは次回、最終回です。お楽しみに!
プロフィール
川勝徳重
かわかつ・とくしげ|1992年、東京生まれ。漫画家。著書に『電話・睡眠・音楽』『アントロポセンの犬泥棒』『痩我慢の説』(いずれもリイド社)。現在、戦前の児童漫画叢書ナカムラ・マンガ・ライブラリーの長編評論『夢と重力』執筆中。2025年にまんだらけ出版より刊行予定。
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