カルチャー
正しさよりも優れていること
文・村上由鶴
2024年8月31日
text: Yuzu Murakami
パリ2024オリンピックが終わり、間も無くパラリンピックが始まります。
オリンピック期間中の7月末から3週間あまりの期間、楽しく観戦し、超人としか言えないような力を発揮する選手たちの姿に滲む努力とドラマに、うっかり涙…ということも多々ありました。
個人的にはアメリカの体操選手であるシモーネ・バイルズが前回大会を「ツイスティ(空中技の際に心と体が分離して、自分をイメージできなくなる状態)」で棄権していたので、今大会での彼女の金メダル3つと銀メダル1つの大活躍に心打たれました。
さて、今回のパリオリンピック期間中、わたしはパリオリンピックのInstagramの公式アカウント「@paris2024」に大変楽しませてもらいました。
日本時間未明に行われた競技の結果を見ることができたり、大会全体のハイライトを知れたり…といった利点もありましたが、なかでも興味深かったのは、このアカウントでたびたび紹介されていた@geoffloweというアカウントによる写真たちです。
イギリス人の写真家であるGeoff Loweの写真の特徴は多重露光でひとりの人物の連続した動きを重ねて表現したり、切り抜きと合成によって1枚の写真のなかに同じ競技に取り組む複数のアスリートを配置したりして、それぞれの競技に特有の動きを強調している点にあると思います。
一般に報道などのスポーツ写真では、実際の競技の様子や、どの選手がどのように活躍したのかを正確に記録し、それを伝えるために撮られることが多いので、Geoff Loweが行なっているような合成の写真はあまり見られません。世界一を競うアスリートの超人的な姿を正しい現実として撮ることがその人の優れた能力を最もシンプルに伝えられるからで、ここにはきっと報道スポーツ写真を撮る人のポリシーも関わっているのだと思います。
これを踏まえると、Geoff Loweの写真は「正しい現実」よりも「優れたイメージ」を提示することにあると言ってよいでしょう。
そこでやはり思い出すのは、レニ・リーフェンシュタールが撮影した1936年ベルリン大会の記録映画「オリンピア」です(ちなみにリーフェンシュタールについては、以前にも書いたことがあります)。
ナチス・ドイツのプロパガンダ映画に協力したことから、生涯批判を受けたリーフェンシュタール。彼女が撮影したオリンピックの記録映像もまた、「正しい現実」よりも「優れたイメージ」を追求し、そのうえで「優れた身体」を称賛するものでした。
特に高飛び込みを撮影したシーンは有名です。巻き戻しや細かいカット割、ぐるぐる回るカメラなどを駆使して、まるで人が実際に空を飛んでいるかのように見せています。癖になる映像ですが、個人のアスリートに対しては全くフォーカスしていません。
こうしたリーフェンシュタールの美意識について、著述家のスーザン・ソンタグは「ファシズム的だ」と言って厳しく批判しました。ソンタグが言うところのファシズム的とは美への信仰心を掻き立てたり、勇気を神格化したり、共同体感情にひたらせて疎外感を解消すること、そして、知性を拒否することなど…。
確かに、リーフェンシュタールの映画には、あるいはリーフェンシュタールの作品に限らずとも、オリンピックには確かにそういう方向に人々を誘導してしまうところがあります。
さて、これを踏まえてGeoff Loweの写真に戻ると、スーザン・ソンタグが批判するようなファシズム的な美学が感じられてしまいます。
競技の時間や、場合によっては空間も超越し、1枚の写真のためにアスリートの卓越した身体が都合よくパズルのように配置されている写真は、厳しく言えば、アスリート自身が実際に行った演技には本来的には興味がなさそうにすら見えてきます。Geoff Loweのすべての写真がそうだというわけではありませんが、アスリートが写真の完成のためのパーツのように使われている、と言うこともできるでしょう。
とはいえ、実際、Geoff Loweが撮った写真は目を惹きます。
こんなことを書いているわたしもオリンピック期間中、しっかりちゃっかり観戦を楽しみ、美や勇気に熱狂し、そして、それを体現する写真に目を奪われちゃっていたわけですから。
Geoff Loweはおそらくこれらの写真でソンタグが批判するようなファシズム的なものを賛美するつもりはないでしょう。でも、「優れた身体」を賛美する大会として存続してきたオリンピックを撮った写真が、正しいことよりも美的に優れていることを追求しているように見えることは、イメージを見ることがもたらす「すげー」という感動に、知性のブレーキが全くかからない、現在の写真(や映像)をめぐる環境を指し示しているのかもしれません。
イメージの濁流のなかでスポーツや躍動する身体を見るとき、こうしたものに魅せられてしまうという感覚に潔癖にならないままで警戒していきたいと思いながらパラリンピックを楽しみにしています。ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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