ライフスタイル
僕が住む町の話。/文・久住昌之
三鷹。吉祥寺の隣町
2021年4月13日
illustration: Eiko Sasaki
2021年5月 889号初出
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ボクが住んでるのは三鷹で、生まれたのも育ったのも三鷹だ。実家もまだある。今までに三鷹の中で3回引っ越した。別に三鷹にこだわっているわけではないから、将来別の街に住むかもしれない。
とはいえもう歳も歳だから、今後、三鷹より長く住むことになる街は、絶対にない。そう考えると、ボクは人生の大半を三鷹で過ごし、死ぬ人なんだろう。
三鷹は、地味な街だ。中学生ぐらいからそう思っていた。隣に吉祥寺があるからかもしれない。高校生になって、喫茶店に一人で行ったりするようになると、もっとそう思った。三鷹には一人で行きたいような「かっこいい」「センスいい」(若かったデスネ)喫茶店はなく、吉祥寺には’70年代に雨後の筍のようにできた。『ビバップ』『西洋乞食』『赤毛とそばかす』『ぐゎらん堂』…。
思えば、高校の頃から、一人でジャズとかロックをかける喫茶店に行ってコーヒーを飲んで音楽を聴いているのが好きだった。なんだ、そんな当時からボクは「孤独のグルメ」をしていたのか。
話がそれた。当時、三鷹にはそんな店、全然なかった。有線放送のダサい音楽をかける喫茶店しかなかった。でも、ボクはそれも悪くない、と当時思っていた。住む街は地味で、地元の人しかいなくて、遊ぶ時には活気ある隣町に行く、というのが居心地がいいのだった。
思えば、ボクはずっと「自分が目立つより、仲間を目立たせる働きを、彼の隣でする」というポジションが好きだった。その方が緊張せず、自由で、楽だからだ。マンガ家デビューも、作画の和泉晴紀さんの原作として、二人で「泉昌之」を名乗ってのスタイルだ。バーンと出るのは和泉さんの絵で、ボクはお話作り。『孤独のグルメ』は谷口ジローさん、『花のズボラ飯』では水沢悦子さんの絵の陰で働いた。音楽活動も、50歳くらいまで、ボーカルの仲間をメインにバンド活動していた。『孤独のグルメ』はサントラ音楽で、これも松重豊さんをもり立てる音楽と言える。人間関係の中でも、吉祥寺に対する三鷹、みたいなポジションが、ボクにとっては居心地いいのかもしれない。今、これを書いてきてそれに気づいた。
吉祥寺へは、高校のあった仙川からバスでよく行った。でも帰りは歩いて帰ってきた。一人で歩いて帰るひと駅分の道が好きだった。仕事をするようになって、最初に仕事場を持ったのは三鷹だったけど、次に仕事場だけ吉祥寺に移した。仕事は吉祥寺、寝るのは三鷹、というのが、調子いい。三鷹から仕事場に行くのは、歩いていくのが好きだ。30分くらいかかるのが、疲れない運動として、ちょうどいい。なんでもない住宅街の中をずっと歩き、最後に井の頭公園の緑に入って、池の横を通って仕事場に着く、という流れが気に入っている。歩いていてふと思いつくマンガのアイデアやメロディ・歌詞も多い。
三鷹は十代のボクにとっては、ひたすら地味な街だったけど、大人になるにしたがって、シブくて魅力ある店が見えてきた。そんな一軒が、のちに本まで書くことになる『中華そば・江ぐち』だった。二十代後半には、立ち飲み屋『大島清一商店』のシブさを、押し殺した笑いと共に楽しめるようになった。『いしはら食堂』の、驚異の品数と安さが、三鷹ローカルなものではなく、東京の中でも抜きん出ているというありがたさは、視野と行動範囲が広まった三十代になってからようやくわかった。喫茶『リスボン』の日常の真心に心打たれるようになったのはたぶん四十代だ。もう小洒落たカフェには興味がなくなった。
こういう風に、長い年月をかけて、だんだん古くて味わいのある店が「見えて」きたのは、三鷹との付き合い方として、幸せなことだったと思う。
ボクが書きたいことは、まさにそういうことだ。誰も見たことない新しいものを作ることではない。ずっとそこにあるのに、みんながその面白さに気づかなかったものに、別の角度から光を当てて、その価値や意味を浮かび上がらせる。そういうマンガや音楽が作りたいのだ。吉祥寺は、人が集まってキラキラしていたけど、やっぱり流行の街で、お洒落な店は、結局全部なくなった。消えるものを追いかけるのは虚しい。そういうのは、距離を置いて眺めるだけでいい。それと別なやり方、地味な手口で、自分の中で新しい面白いものを作りたいのだ。
三鷹のよさというのは、今もわからない。だけど、三鷹に生まれ育ち、仕事をしてきたから、今の自分がある。この先、どこかに引っ越してそこで生涯を終えるとしても、ボクはずっと三鷹人なのだろう。
プロフィール
久住昌之
くすみ・まさゆき|1958年、東京都三鷹市生まれ。1981年、泉(現在は和泉)晴紀と組んだ「泉昌之」として漫画家デビュー。谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』のドラマでは劇中すべての音楽制作、脚本監修、出演も。近著に『面食い』(光文社)。
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