TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】旅のつづき

執筆:増崎佳奈(buikオーナー)

2026年10月30日

長い旅から帰ってくると、日常の世界が待ち構えていて、大抵は休暇中にできていなかった諸々を片付けるのに忙殺されることになるのだが、まだ心は旅先をふわふわと彷徨っている。旅先と現実を行ったり来たりする時間もなかなかいいものだ。

この夏の旅のあと、お店で「シシリアンパーティー」と称して1日限りのお土産ブランチイベントを開催した。シチリアではたくさんの素敵なお菓子や料理に出会ったのだが、現地で朝食に食べられるグラニータとブリオッシュのセットとカンノーリは特に気に入った。ぜひ『buik』でも紹介したいと思い、その2品だけを提供するイベントをやろうと、帰国後すぐにメニューの試作に取り組んだ。シチリアで見た光、景色、出会った人々を想いながら試作をする時間は、ひとりで旅のつづきをしているようで、とても楽しかった。多くの人にとってあまり馴染みのない、かつピンポイントなメニューだったので、果たして人が集まるのか不安だったが、イベント当日は思いがけずたくさんのお客さまが来てくださった。みなさんが嬉しそうにアイスクリーム(現地ではグラニータだったのを自家製アイスクリームにアレンジした)をつけたブリオッシュを頬張っているのをキッチンからこっそり見て、胸がいっぱいになった。帰りがけに声をかけてくださる方も多く、中にはシチリアに行ったことがある方もいたりして、現地での思い出話に花が咲いた。店中がシチリアの空気に満ちた1日だった。

旅の余韻が残るうちに、旅先で出会った料理を自宅で友人たちにお土産代わりに振る舞うことも好きだ。この夏滞在したシチリアの港町・トラーパニで食べた、ブジアーテという螺旋状のパスタにアーモンドとトマトで作ったソースをかけた伝統料理が何とも美味しく、現地のリストランテで何度も食べた。先日自宅で開催したごはん会ではこの料理と現地で買ってきたチーズやワインなどを一緒に出した。招いた友人たちも旅先から帰ってきたばかりで、現地で調達した材料で作った瓶詰めをお土産にいただいた。テーブルの上に色んな国の食べ物が集まってそれぞれの旅の話に盛り上がり、自宅のダイニングがいくつもの遠い地と繋がっているかのような楽しい夜となった。

『buik』で提供しているメニューの中には、旅の思い出が詰まったものが数多くある。定番メニューのひとつとなっているガトーバスクはパリに住んでいる間に、バスク地方をひとりで周ったときに食べまくったお菓子だし、ピーカンナッツ入りのスコーンは長年ペストリーシェフを務めてくれたスタッフと滞在のタイミングが重なってロンドンで会った時に、ロンドン贔屓の彼女おすすめのベーカリーで一緒に食べたスコーンが原型となっている。玄米サラダのボウルはニューヨークを旅した時に連続して食べた肉料理に胃が疲れ、チェーン店で黒米入りのサラダを食べてみたら驚くほど美味しかった記憶から着想を得た。旅の最中は楽しむことに必死で、店のメニューに取り入れたいという観点で現地のものを食べたりすることはあまりないのだが、旅から帰ってきて何年か経ったあとに、そういえばあの時あそこで食べたあれ、作ってみようかなぁという具合にポッと思いつくということが多い。そしてその料理やお菓子が店のメニューとなって(ボツになるものも数知れずだが…)しばらく経つと、すっかり見慣れたものになっていく。時々ハッと、それぞれのメニューの元となった記憶がその時に見たこと感じたことと共に鮮やかによみがえって懐かしく思うことがある。

ついこの間のこと。ニューヨークから帰ってきたばかりだという常連のお客さまが『buik』に来てくださった。そういえば旅から帰ってきたばかりの人特有のさっぱりとした、そして充足感のある顔つきをされている。旅先でのことをあれこれおしゃべりしながら、前回はパリから帰ってすぐ、ここに来てくださいましたね、と言うと、「そうそう、旅から帰ってくると何だかここに来たくなってね。ここに来ると旅の延長にいるような気持ちになるのよ」とおっしゃった。旅のつづきを味わいに『buik』まで足を運んでくださっているとは! 何とも嬉しい言葉だった。

プロフィール

増崎佳奈

ますざき・かな|1982年生まれ、神奈川県出身。大学では建築を学び、卒業後、建築設計事務所に勤務。その後、飲食の道への転向を決め、都内のカフェやパリのカフェレストランなどで経験を積む。2015年、南青山に『buik』をオープンした。

Instagram
https://www.instagram.com/buik_tokyo/