TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】旅とカフェ

執筆:増崎佳奈(buikオーナー)

2026年10月9日

旅に出ることは、私の人生に欠かせない。1人で海外に出かけるようになったのは学生時代だ。建築学生だったので、好きな建築物を見に行くことが主な目的だった。当時はヨーロッパの近現代建築に惹かれることが多く、訪れたのはオランダ、スイス、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなど。

今カフェを営んでいるのも、このころの経験が大きいように思う。アルバイトで貯めた限られた旅の予算はほとんど移動費に充て、滞在はユースホステル、食事はホステル内のキッチンで簡単なものを作って済ませるという感じだった。レストランは高いし、そもそもヨーロッパのレストランに若者が1人で入るというのはかなりハードルが高い。(ヨーロッパではレストランは誰かと会って食事をするという、ソーシャルな場としての側面が大きいように思う。)ただ旅先の街では日中ずっと歩き回るのが常なので、当然くたびれて休憩をしたいなぁとなる。そんな時は通りすがりに良さげなカフェを見つけると入ることにしていた。カフェでは1人でも簡単な食事をとることができるし、ビールやコーヒーだけ注文して店内にいる人や道ゆく人をぼんやりと眺めているだけでもけっこう楽しめる。当時から筋金入りの食いしん坊だったので、ケーキやパンの並んだショーケースにはいつも目が釘付けだった。国や街によってラインナップがさまざまで、世の中にはいろんなお菓子があるんだぁ!と新鮮な感動があり、気になるものは試してみずにはいられなかった。まだSNSもなく、日本からは限られた情報にしかリーチできなかった時代のこと。デンマークで食べたリンゴのケーキ、フィンランドで食べた大きなシナモンロール、オランダで食べたパンケーキ・・・現地の人たちが、おじいさんも若者も子供も分け隔てなく家族や友達とおしゃべりしながら、あるいは1人で、美味しそうに何かを頬張る光景を見ているのも好きだった。どんな風に過ごしても過度に干渉されず、自由で懐の深いカフェというものが、気づけばすっかり自分の旅にはなくてはならないものになっていた。

結局その後、建築の道は社会に出て早々に諦め(意気込みに反して全く向いていなかった)、それまでずっと持っていた夢を新たに描き直さねばならなくなった時、旅の先々のカフェで見ていた光景が頭の中に広がった。あんな風に、街の片隅で誰もが寛げるような、もしくは利用しない時もそこに明かりが灯っているだけでほっとできるような、そんな場所が作れたら素敵だなという思いがじわじわと湧いてきたのだ。結局その思いのまま修行時代を経て、南青山で『buik』という店を営む今に至っている。

プロフィール

増崎佳奈

ますざき・かな|1982年生まれ、神奈川県出身。大学では建築を学び、卒業後、建築設計事務所に勤務。その後、飲食の道への転向を決め、都内のカフェやパリのカフェレストランなどで経験を積む。2015年、南青山に『buik』をオープンした。

Instagram
https://www.instagram.com/buik_tokyo/