TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】シチリアへの旅

執筆:増崎佳奈(buikオーナー)

2026年10月23日

店を始めてからも、定期的に遠くに旅をするようにしている。今年の夏はフランス人のパートナーのヨーロッパ帰省を兼ねて、ふたりで旅をした。行き先をどうしようかと悩んだ末に、パリ、ミラノ、フィレンツェに滞在した後、シチリア島まで足を伸ばしてみようということになった。とにかく美味しいものがたくさん食べたい私と、ゆっくり海で過ごしたり散歩して過ごしたい彼、ふたりの希望をシチリアは叶えてくれるに違いないと意見が合致したのだ。

短い滞在だったパリ、ミラノ、フィレンツェを駆け足で満喫した後、フィレンツェから飛行機に乗り、ローマを経由していよいよシチリアへ。まずは空港のあるカターニアという東側の海辺の街で過ごした。空港から出ると、それまでに訪ねたヨーロッパのどことも違う、湿気を帯びた熱風と埃っぽい空気が待ち受けていた。そしてじりじりと照りつける太陽と至る所に立ち並ぶ椰子の木。何だかヨーロッパではなく、北アフリカ(行ったことはないので、あくまでもイメージ)にでも来たかのような印象だった。

翌日はバスに乗ってシチリアの最西端の町、トラーパニへ向かった。ここがイタリアでの最終目的地である。シチリアは案外広く、四国よりもひとまわり大きいくらいのサイズ感で、東の端っこから西の端っこまで、バスで5時間ほど。いよいよバスの終点、トラーパニに到着。バスから降りた場所は何ともいえず寂れた雰囲気で、この街まではるばる来たことは正解だったのだろうか…と私たちの頭に不安がよぎった。予約していたホテルまで歩く道中も、閑散としていて店はどこも閉まっている(後で知ったのだが、シチリアには午後のお昼寝・休息時間を取る習慣があり、多くの商店が閉まってしまうのだそうだ)。ホテルが近くなってくると、道ゆく人がポツポツと増え始めてきた。人の気配がする方へと行ってみると、海岸沿いに出た。そこからは青く澄んだ海と、サンドベージュ色をした旧市街が見渡せて、それまでの不安を吹き飛ばすほどの美しい光景が広がっていた。一気に気分が高揚して、ここまで来てよかったと心から思った。

トラーパニには5日間滞在した。自転車をレンタルして隣町に行ってみたり、エリーチェというトラーパニの背後にそびえ立つ山の上の町を訪ねたりしたが、なんといってもトラーパニの海岸沿いと旧市街を散歩するのが一番の楽しみだった。30分もあれば周れるほどの小さい町だが、観光客は多過ぎず、地元の人とほどよく混ざり合って皆のんびりと過ごしていて、何ともいい雰囲気だった。初日に散策している時にたまたま見つけたスポットがあった。海岸沿いに続く遊歩道の最果てに、小さな階段があり、気になってそこを降りていくと、こじんまりとしたビーチと岩場がひろがっていたのだ。地図には載っていないほどの小さなスポットで、観光客はほとんどいない。毎日夕暮れが近づくとそこに向かい、木陰に座ってぼんやりと海を見たり本を読んだり、時々海に入ったりして過ごした。連日ここで過ごしていると、いつも見かける顔ぶれがいることに気づいた。おじいさんと少年、老夫婦、犬を連れたカップル…その人たち同士で短い会話を交わしたりしていたので、きっと近所に住む人たちなのだろう。それぞれが適度な距離を置きながら思い思いに過ごしていた。地元の人たちの秘密の場所にお邪魔しているようで嬉しかった。

ある日の午後、パートナーと別行動をとってひとりで旧市街を歩いていると、小さなペストリーショップを発見した。入ってみると、薄暗く飾り気のない空間に、ずらりと素朴なお菓子が並んでいた。カウンターの奥では男性がむすっとした顔つきでミキサーを回して何か作っている。女性の店員さんが淡々とした表情で(この町のどのお店でもそうであるように)、こちらのオーダーが決まるのを待っている。カンノーリはあるかと聞くと、彼女はこれだ、と山積みになった筒状の茶色い殻を指差した。この町で食べてみたかったシチリアの銘菓がカンノーリだった。それをひとつくださいと言うと、彼女は後ろの冷蔵庫からクリームを出して、それをさきほどの茶色の殻に手際よく詰めてから、片側の端っこにピスタチオ、もう一方にチョコチップをつけて、紙でくるっと巻き、はい、と渡してくれた。持つとずっしりと重く、外側の生地はガチガチに固い。店を出て、パートナーと待ち合わせていた例の岩場スポットまで足早に向かった。あの場所で、クリーム詰めたてのこのお菓子を一刻も早く食べなければ、という気持ちで頭の中はいっぱいだった。カンノーリは、噛むと外側の生地がバリバリっと崩れ、中に詰まったミルキーなリコッタのクリームは柑橘の爽やかな香りもする。重量のわりに軽やかで、あっという間に胃の中に収まってしまった。あぁ、本当に美味しかった…と心が満たされるのと同時に、あのペストリーショップで黙々とお菓子を作っていた男性の背中を思い出し、じんわりと尊敬の念がこみあげてきた。

プロフィール

増崎佳奈

ますざき・かな|1982年生まれ、神奈川県出身。大学では建築を学び、卒業後、建築設計事務所に勤務。その後、飲食の道への転向を決め、都内のカフェやパリのカフェレストランなどで経験を積む。2015年、南青山に『buik』をオープンした。

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