TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】記憶の中のカレー

執筆:U-zhaan(ユザーン)

2026年4月10日

 1977年に生まれ、2012年まで川越に住んでいた。そのうち数年間はインドにいたけれど、かなりの月日を川越で過ごしたことは間違いない。
 35年も住むと、街はどんどん変化する。様々な風景が、思い出の中にしか存在しなくなっていく。
 今回は皆さんと、かつて川越で営業していた数軒のカレー屋についての記憶を共有したいと思っている。もう食べられないカレーの情報なんて何の役にも立たないかもしれないが、忘れないうちに書き記しておきたいのだ。

 川越駅の西口に『エトアール』というパチンコ店があったのはいつ頃までだっただろうか。もともとは1階だけの建物だったが、建て直されて小さなビルになった。ビル化されてからは1階と2階がパチンコ店で、3階か4階にはビリヤード場が入っていたような気がする。
 そのビルの地下で、一時期だけ『アラジン』という名前のインド料理屋が営業していた。オープンしているのかどうかもよくわからない、なんだか入りにくい感じの店だった。
 初めてそこに1人でふらっと入ってみたのは大学に入学したての時期だったと思う。タブラにもインドにも、まだ全く興味のない頃だ。
 店員はインドの人だった。いや、当時の自分がインドの人だと勝手に決めつけていただけで、実際はネパールやバングラデシュの人だったのかもしれない。
 店内に僕以外の客は1人もいなかった。1枚の張り紙がしてあって、そこには「チキンビリヤニ(金曜日限定)」と書かれている。入店した日がたまたま金曜日だったから、せっかくなのでその聞いたことがない料理を注文してみることにした。
 程なくして運ばれてきたビリヤニは、カレーチャーハンのようなものに見えた。恐る恐る口に運んでみる。
 うまい、うますぎる。埼玉県民なら誰もが知っている、十万石まんじゅうのCMのキャッチフレーズが脳に浮かんだ。パラっとした長粒米を口に含むと、芳醇なスパイスの香りが鼻に抜ける。チキンはそれまで体験したことのないぐらい柔らかく、軽くスプーンを入れるだけで骨から外れた。
 すっかりビリヤニの虜になってしまった僕は、金曜限定で『アラジン』へ通うようになった。いつ行っても他の客は見かけなかった。ビリヤニ以外の料理にも少し興味はあったが、結局いつもビリヤニだけを注文した。

 その後タブラを叩くようになり、インドに住み始め、ビリヤニが自分にとってどんどん身近なものになっていくうちに、僕にビリヤニを初体験させてくれた店のことはすっかり忘れてしまっていた。思い出した頃には、もう『アラジン』はなかった。
 川越の友人・知人に、あの店の話をしてみたことが何度かある。だが、覚えている人は1人もいなかった。ひょっとして僕の脳内にだけオープンしていた、イマジナリーカレーショップなのだろうかと不安になってきている。誰か、記憶の片隅に『アラジン』がある方はいないだろうか。

※写真はイメージです。

プロフィール

U-zhaan(ユザーン)

ゆざーん|1977年、埼玉県川越生まれ。インドの打楽器、タブラの奏者。2025年に坂本龍一、Cornelius、ハナレグミなどをゲストに迎えた11年ぶりのアルバム『Tabla Dhi, Tabla Dha』をリリースした。ベンガル料理レシピ本やレトルトカレーを監修するなど、幅広く活躍中。

Instagram
https://www.instagram.com/u_zhaan/

Official Website
https://u-zhaan.com/