TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】無能の私

執筆:三品輝起

2026年3月13日

「すべては雑貨だ」だの「雑貨は終わる」だのと、ひとり騒ぎつづけて幾星霜。いろんな物を売った。去年の暮れには禁断の石も売ってしまった。創業20年、これでやっと名実ともに私は『無能の人』となった。その1年くらいまえには、定期的にポスティングされている水道屋の広告マグネットを売ったこともあった。満面の笑みを浮かべる小泉孝太郎をとり囲むように、台所の水漏れ、トイレのつまり、そんなお水のトラブル解決します、フリーダイヤルはこちら、24時間365日受けつけ中……とかなんとか書いてあるやつ。連日、ポストにぺらぺらの磁石をほうりこんでくるので、そのうち捨てるのも腹がたってきて、さらし首的に店にならべておいたら、季節をまたいだ数か月後に若い女性がレジにもってきたのだった。私、孝太郎好きなんですよ。これ買ってもいいですか? これ……? あっ、置いたことさえ忘れてました……さしあげます、無料で仕入れた物なんで、と返したのだが、どうしても身銭を切って買いたい、とマニア特有の純粋なまなこをむけられ、けっきょく50円で売ってしまった。嗚呼。

 1個5円のトルコ製の画鋲を、かならず1個づつ買いにくるお客もいた。いつも1つだけたりなくなるんだよ。そうなんですか……もうただでいいですけどね、といいながら手に刺さらないようにプチプチに包んで、マステでぐるぐるに巻き、さらに小さな袋にいれて渡す。てま賃や資材代を勘案すると、じゃっかん5円を超えているのではないかと思いながらも、なぜかうきうきしてしまう。

 そのちょうどおなじころ、うそみたいだけど、だれにも告げることなく1日だけ店の片隅に魯山人の扁壺をならべたことがあった。なぜ雑貨屋風情がそんな物をもっているのかって? それはいえない。まあ、偽ものだったってことにしておこう。安いシャーペンやら積み木やらのあいだにスペースをつくり、そっと器を置き、800万円と書いた値札シールを貼ったときにはさすがに手が震えていた。幸か不幸か、閉店までだれひとり異変に気づかなかったわけだが、私は変な汗をかきながら魯山人の壺とともに6時間を過ごした。そんな細くまのびした営業時間の大半を、もしいま画鋲好きの彼がひょっこりあらわれて、いつもの5円の商品を買うノリで丸く平らな壺を抱え、レジまえに立っていたらどうしよう、という妄想が渦巻いていたのだった。

 男はなにくわぬようすで、これ1個ください、という。1個しかないですよ、というか今日は画鋲じゃないんですね、と真顔をとりつくろって返したあと……私はどうなってしまうのだろうか。その鋲と器のあいだに広がる7,999,995円の差益のなかに、商いと人間がいにしえより織りなす、どんなかたちの神秘がやどるのか、やどらないのか。男から金銭をうけとった瞬間、それまでの雑貨屋の私は1度死ぬであろう。日常の帳場から大きく超えでた、聖俗や美醜の彼岸のなかで。そして私はおびただしい物を店に置いたまま、『無能の人』の主人公のように「虚無僧って儲かんのかな」などとつぶやきながら、もう2度ともどることのない長い旅へでるのだ。

プロフィール

三品輝起

みしな・てるおき|1979年、京都府生まれ。愛媛県にて育つ。2005年より西荻窪で雑貨店『FALL』を経営。著書に『すべての雑貨』(ちくま文庫)、『雑貨の終わり』(新潮社)、『波打ちぎわの物を探しに』(晶文社)などがある。

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