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「萌歌」/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.16

2025年2月28日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

ひとの名前というのは、親から一生に一度だけ与えてもらうことのできる、いちばん短い詩だということをどこからか聞いたことがある。新たな命に羽を授け、どんなふうな飛び方をしてほしいのか、祈りを込めるように贈られる特別な詩。わたしは両親から、歌があらたに芽吹く、萌え出づるという意味の詩を与えてもらった。

おそらく物心のつくずっと前から、歌う、ということがごく当たり前に暮らしのなかにあった。母親が学校の音楽の先生をやっていたこともあり、家で母がピアノを弾き出すと姉とわたしが勝手に歌い出すということが日常の風景のひとつだった。

内気で人見知りで、人にまともに挨拶もできないような幼い頃の自分にとって、歌というものは感情表現のひとつであり、心のなかの隠れ家のようなとっておきの場所だった。喉をふるわせていることがなぜだかとてつもなく幸せで、歌の中でならふらつかないで立っていられる、勇ましい自分に出会える気がしていた。

10歳の頃、半成人式という式典で自分の夢を1人ずつ語るときも、学校の体育館の大勢の人に向かって「将来は歌を歌うひとになりたいです!」と胸を張って誓っていたのを覚えている。いま思うと小っ恥ずかしいが、その当時の自分はそれだけ歌というものに夢中で、まっしぐらになっていたのだと思う。

大人になったいま、本当に幸いなことに、歌をとどけるということをさせてもらっている。幼い頃に憧れていたようなかっこいい自分には程遠いし、まだまだ手探り。だけど、自分を救うために愛してきた歌を、こんどは自ら放って渡してゆくことで、見知らぬ誰かの心をほんのりと照らすことができていたらすごくすごく幸せだと思うのだ。

幼い頃とは違って、歌うことをどうしても好きじゃいられない時もある。自分なんか――とひと晩中頭をかきむしりたくなるときもある。
それでも歌という大きな海のなかを、言葉というオールで漕いでゆくことで、霧が晴れ、見たこともない場所にたどり着くことができる瞬間が好きだ。そんな瞬間にひとつでも多く出会うために、いつまで経っても歌うことをあきらめたくない、手放したくないと強く思う。

両親が贈ってくれた、ひとつの大切な短い詩。我こそが!と胸を張れるようになるまではまだまだ時間がかかりそうだけれど、生きることのなかに歌があって本当によかった。父母、ありがとう! これからも歌うように生きていたいです 。

ひとこと
先日実家に帰った時に、おもむろに母がピアノで矢野顕子さんの「中央線」を弾き出した。合わせて歌うわたし。それを父が歯磨きしながら聴いていて、おかしな光景だなあと思った。

上白石的テーマソング:ゴダイゴ「ビューティフル・ネーム」

プロフィール

「萌歌」/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。映画『366日』が大ヒット公開中。 映画『パリピ孔明 THE MOVIE』が4月25日に全国公開。adieu名義で歌手活動も行う。

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