カルチャー
二十歳のとき、何をしていたか?/小泉今日子
2021年6月9日
photo: Takeshi Abe
hair & make: Kenichi Yaguchi
text: Keisuke Kagiwada
2021年7月 891号初出
アイドルのイメージを変える。
そんな思いを胸に試行錯誤した、ひとりの少女の胸中とは?
オルタナティブなアイドル道を歩む。
1985年11月、日本のアイドル史を揺るがすひとつの楽曲が誕生した。筒美京平さんが作曲、秋元康さんが作詞を手掛けたその曲名は「なんてったってアイドル」。なんせこの曲、絶頂期のアイドル自身が「私はアイドル〜」と歌い上げるのだ。それがどれほどエポックメイキングなことかは、リアルタイムで知らずとも想像に難くないだろう。歌っていたのは、当時19歳と9か月の小泉今日子さん。本人としては、どんな気持ちでこの変化球的な曲と向き合っていたのか。
「『あぁ……』っていう冷めた気持ちがありましたね(笑)。『わかるよ、わかるけど、悪ふざけで終わらないようにしてね、大人のみなさん』って。とはいえ、筒美さんのメロディもアレンジもロックっぽくて素晴らしいし、『他に歌える人はいないかもね』ってところで納得してやってたかな」
結果として大ヒットとなった同曲の裏側に、そんなドラマがあったとは驚きだ。しかし、それ以上に興味深いのは、「他に歌える人はいないかもね」という自己認識。どうやらそれは、自身が王道のアイドルとは違う道を歩んできたという自覚に由来するようだ。
「アイドルになったばかりの頃、アイドルのそもそもの意味を知りたくて辞書を引いたら、『偶像』って書いてあったんです。それで『なるほど、アイドルってジャンルじゃないんだ。ってことは、何でもありだよね?』って思って。それから、みんなが持っているアイドルというイメージを変えていこうと考えたんです。当時はみんな同じような髪型だったのに対して、『これおかしくない?』って、ショートカットにしてみたり。アイドルというものを壊していくというより、いろんな道を開いていきたいなと。後輩のためにもね。ファンの方はそういう私の姿勢を知っていたと思うんですけど、『なんてったってアイドル』は、今まで私に興味がなかった人にも、それをアピールできた感覚はありましたね」
かくして、誰もが認める“オルタナティブ・アイドル”となった小泉さんは、以後その路線をさらに邁進していく。とりわけ注目に値するのは、近田春夫さんがプロデュースを手掛けた1989年リリースの『KOIZUMI IN THE HOUSE』だ。タイトルからも察せられるがごとく全編にわたりハウスが取り入れられた一枚だが、アイドルがハウスなんて前代未聞の時代である。
「新しいアルバムを作るってときに、スタッフさんに『誰にプロデュースしてほしい?』って聞かれて、近田春夫さんの名前を挙げたのが始まりです。当時は小暮徹さんの家に娘のように入り浸って、本やレコードをいろいろ教えてもらっていたんですね。近田さんのやっていたハルヲフォンを知ったのも、たぶん小暮さんの家だったんじゃないかな。それで近田さんと一緒に仕事がしてみたいなって思うようになって。小暮さんたちの世代が影響を受けたものを、私の世代でも引き継ぎたいというんですかね。だけど、いざ近田さんにお会いしたら『俺、今はハウスしか興味ないから』って言うんですよ(笑)。『だったら、ハウスで』ということでできたのが、『KOIZUMI IN THE HOUSE』。『ハウスをお茶の間に』ってコピーは、編集者の川勝正幸さんが作ってくれました。シングルカットされた『Fade Out』は、今でもクラブでかけてくれるDJがいるんですよ。本当にすごい財産だなと思います」
20代での出会いが、今の自分を作る。
近田さんに加えて川勝さんまで関わっていたとは……。「オルタナティヴなカルチャーをメインストリームに」。川勝さんのコピーにひっかけて言えば、当時の小泉さんはそんなメッセージを体現するアイドルだったのか。そうした活動を支えてくれていたスタッフたちも、きっとトンガっていたに違いない。
「それはそうでしたね。私が突飛なことを言ったりやったりしても、肯定してくれる人たちだったので。私よりも突飛なアイデアを、持ってきてくれることもありました。それは私という表現者……っていうとカッコつけちゃっているみたいだけど、信頼してくれていたからだと思います。例えば、『N°17』というアルバムは藤原ヒロシくんと屋敷豪太さんにプロデュースをしてもらったんですが、それはアルバム会議のときにマネージャーが『ヒロシに作らせればいいんじゃない?』って言ったことがきっかけなんです。『でも、DJだよ?』って聞くと、『作れるだろ、DJやっているんだったら』って(笑)。それもそうかと本人に尋ねたら、『僕一人じゃ無理だけど、ロンドンにいる屋敷豪太っていう友達とだったら』って言われて。それで2人に作ってもらうことにしたんです」
「20代のことは、自分のWikipediaのページを見ないと思い出せない」と小泉さんは笑うが、さもありなん。この間、音楽の他にも女優や文筆など、あらゆる分野で活動していたのだから。そんな多忙を極めたこの時期、プライベートはどのように過ごしていたのか? というか、そんな暇はあったのか? そう問うと、「結構遊んでましたよ」と小泉さん。
「うちの事務所が変わっていたんだと思うんですけど、割と1か月休んだりできたんです。だから、意外と余裕はあって。芸能界にはあんまり友達がいなかったけど、ファッション界のお姉さんやお兄さんによく遊んでもらっていました。当時は原宿に住んでいたので、夜に自転車で『ピテカントロプス』っていうクラブや、『モンクベリーズ』っていうバーに行ったり。そういうところでクリエイターの方とお話しする時間は、私にとって大切でしたね。そういう人ってアイドルに興味がないから、私のことを知らなくて楽なんですよ。いつだったか、スタイリストの方の隣にいたら、『かわいいね。新しいアシスタント?』って言われたこともあります(笑)。みんなには『たまご』って呼ばれていたんですが、別の名前になれるのも心地よくて」
当時の小泉さんにとって、遊んでいるときは、アイドルとしての自分をほんのひととき忘れられる時間だったという。「だけど」と小泉さんは言葉を継ぐ。
「50代の今になって、20代の出会いの意味や価値が、すごいはっきり見えるようになりました。みんなで遊んでいた時期を経て、一度はそれぞれの道を究めるためにいろんな方向へ進んでいったんですけど、最近また一緒に何かをやるようになっているので。例えば、私が自分の会社を起こすときにエドツワキくんにロゴを作ってもらったり、高木完ちゃんとライブをして、スチャダラパーや川辺ヒロシくんに出てもらったり。そうやって再集結しようとしている感覚が、強くあります。その意味で、今は私にとっては『連帯』がテーマ。いろいろまずいこの時代に、我々が力を出し合って何かできないかなって思っています。20代での出会いってのちのち宝物になるんです。だから、今の若い人たちには、大いに遊んでくださいって思います」
PROFILE
小泉今日子
取材メモ
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