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NO EXIT !!!!/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.15

2025年2月15日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

無限に続く白い地下通路で、わたしはひとり、小さく唸りをあげながら立ち尽くしている。手は震え、耳たぶは燃えるように熱く、胸を打つ鼓動は速度を上げてゆくばかり。わたしはいったい、これからどうすればいいというのだ。あまりの絶望に目の奥まで痛くなる。だれか思い切りわたしの肩を揺さぶって、この悪夢から目覚めさせてくれたらいいのに——。

「8番出口」をご存知だろうか。日本の駅の地下通路がモデルになった、脱出ゲームと間違いさがしを融合させたようなもので、リミナルスペース(普段は多くの人々の行き交う空間に人がだれもいない不気味さ、違和感を表現したインターネット美学らしい。わたしも最近知りました。興味深い。)からも影響を受けているゲームのことだ。2023年に個人開発のゲームとして発表されてからたちまちバズり、社会現象にもなっていた。

ジャンルでいうとホラーゲームなのだが、「8番出口」は突然大きな音がしたり、画面上に恐ろしい何者かが現れたりしてプレーヤーを驚かせるようなものではない。きわめて静寂なミニマムな世界なのに、なぜか取り返しのつかないような、果てしない気持ちになるのだと話題だった。

わたしはこれまでゲームとは無縁の人生を送ってきた。だがこのゲームの秘めたる狂気のようなものに猛烈に惹かれ、思い切ってプレイすることにしたのだ。

どきどきしながらダウンロードボタンを押すと、ほんの数秒でインストールが完了。さっそく地下通路の眩しいほどの白がわたしの視界を覆い尽くし、その気味の悪さにヒッと声が出る。え、やばい怖い。もう帰りたい。こんなとこひとりでくるんじゃなかった。思わず踵を返したくなるが時すでに遅し。わたしは自分でここを選んでやってきたのだ。歯を食いしばってでも脱出しなければ。

よろよろと慣れない手つきでコントローラーを操作すると、わたしの視界はやっと意思を持って動き出した。わたしの指が右を向けば画面の中のわたしも右を向き、立ち止まれば同時に止まる。一見あたりまえのことも、ゲーム初心者のわたしにとってはひどく新鮮だった。気づいた頃にはわたしは、とっくにこの地下通路の中で息をしていた。

しばらく歩くと、“ご案内“という看板を発見。

「 異変を見逃さないこと 
 異変を見つけたら、すぐに引き返すこと
 異変が見つからなかったら、引き返さないこと
 8番出口から外に出ること 」

なーんだ、簡単じゃん。わたしはさっきまでひきつっていた頬を緩め、背中をだらしなく丸める。こういうシンプルなゲームは落ち着いてプレイすればいいんでしょ。さっさと地上に出てしまえばいいのだ。ふふふと呑気に軽い足取りで歩いていった、次の瞬間。

ざあああああ!というけたたましい音。目をやると、真っ赤な血の海がわたしをめがけて悪魔のような形相で迫ってきている。はっ、はっ、と声にならない声を上げて命からがらのダッシュをするも、血の海はわたしを容赦なく飲み込んだ。わたしの可憐な一輪の花のような勇気は、なんの音も立てずに儚く散ったのである。

暗闇から目を覚ますと、何事もなかったようにわたしは振り出しの0番出口の前に立っていた。どうやらこのゲームは、異変に飲み込まれたり、異変に気づかずに進んでしまうと振り出しに戻ってしまうようだ。地上に出るためには、どんなに小さな異変も見逃してはいけない。

気を取り直して慎重に行こう。天井、点字ブロック、ポスター、監視カメラ、ドアノブ、すれ違うおじさん。神経を張りめぐらせ、この空間に存在するすべてのものを射るように見つめてゆくと、異変というものがなんなのかだんだんわかってきた。あ、ここはドアノブの位置が変。ここはポスターの絵が違う。それらに少しずつ気づいてゆくと、2、3、4番出口と順調に歩みを進めることができてきていた。

その後も冷や汗をかきながら、6番出口まで漕ぎ着けたり、かと思えば振り出しに戻ったり。あっという間に2時間以上が経過。わたしの右足には、もうこのまま一生ここから出ることができないのでは、という恐怖がまとわりついてきている。それでもめげずに歩み続けなければ…。いまなら映画『シャイニング』のラストシーンで、ジャック・ニコルソンがひとり雪の迷路をさまよう気持ちもなんとなくわかる。彼のようにここで息絶えるわけにはいかない。

ほとんど涙目で歩き続けると、「8番出口」の看板がわたしの目に飛び込んできた。合格発表の受験生のように、何度目を擦っても、ある、ある、夢じゃない!!とじたばた叫んでしまう。8、という文字がこんなにも光輝いて見えるなんて…。ありがとわたし。よくやった。自分で自分を強く抱きしめながら、わたしはこの日いちばんの力で勢いよく地上へと駆け上がっていった。

「8番出口」はこの上ない“独り“を味わうことができる世界だ。無限に続く地下通路は息もできないほど恐ろしい。だが、負けじと孤独を戦い抜いた者だけに見える景色というものを、きっとこの世界は教えてくれるのだと思う。

もう2度とさまようまい!という気持ちと、あのおぞましさをもう1度…という気持ちがせめぎ合う沼ゲーム「8番出口」。それは、出口も道しるべもない、わたしたちの人生そのものかもしれない。

©2023 KOTAKE CREATE

ひとこと
先日から新しい作品に入りました。またまた自分にとっての新境地、挑戦の連続で、日々緊張しすぎて心臓が痛いです🫀! とくにセリフが大変だーー! ラムネいっぱい食べてがんばります。

上白石的テーマソング:The Cure「Subway Song」
※曲終わりに流れる大きな音にご注意ください!

プロフィール

NO EXIT !!!!/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。映画『366日』が大ヒット公開中。adieu名義で歌手活動も行う。

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