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ひとり台湾あるき-day2-/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.12

2024年12月30日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

午前7時、ホテルのまっしろなシーツの上で目が覚める。寝ぼけ眼、ぼやけた視界がしだいに晴れてゆくと、すばらしい実感が腹の底からこみ上げてくる。そうだ、わたしはいま台湾にいるのだ。おまけに今日という1日を、わたしは好きなように生きてよいのだ! いつになく機敏な動きでベッドから起き上がると、ウッと伸びをして朝の光を吸い込んだ。

支度を済ませてバスに乗り込む。朝一番に向かった先は、ほぼ毎日開催されているというローカルな蚤の市、福和観光市集。ここも台湾を感じるにはもってこいの場所である。バス停からすこし歩いて大きな橋の下に辿り着くと、なにやら楽しげな音楽が聞こえてきた。

音楽に合わせてくるくると舞う人びと。社交ダンスの練習らしい。なんと和やかで美しい、映画的な風景なのだろうとしばし立ち止まって見入ってしまう。
ここはフリーマーケットだけでなく、踊りの練習やスポーツ、食事までをも楽しめる、この近辺に暮らす人たちの憩いの場所なようだった。行き交う人たちのいきいきと弾む声を聞くと、みんなこの場所を愛しているのだなあと伝わってくる。

お宝探しのような気持ちで露店を見てまわってみる。そこには色とりどりの食器や湯呑み、置き物、おもちゃたちが所狭しと並んでいた。だれかが手放したものを、まただれかが手にするというふしぎな循環。蚤の市に並ぶものたちは、そのもの自体に魂や歴史がちゃんと宿っている気がして慎重に見てしまう。きっとみんな長い年月を、時に厳しい環境のなかを、凄まじいパワーで生き抜いてきたんだろうな。
そのたくましい息づかいに、巡り巡っていま自分のそばにあるものたちのことも、責任を持って長く愛し続けていたいと改めて思わされる。

じっくり吟味したのち、銀色の栓抜きと小皿を購入。ようこそわたくしのもとへとお越しくださいました、末永くよろしゅう。安くて新鮮なマンゴーもお店違いでふたつ買い、明日にでも食べ比べするかー、とるんるんで市場を後にした。

続いて向かったのが、台北の温泉街として知られる北投。無類の温泉好きであるわたしだが、国外の温泉文化に触れるのはこれがはじめてだった。台湾の温泉なるもの、いかがなものかしら、と期待で胸がシフォンケーキのごとく膨らむ。

北投温泉博物館で北投温泉の歴史を学んだのち、日帰り温泉のできる浴場を訪れた。台湾の温泉は水着での入浴が一般的らしいが、わたしが訪れた場所は水着なしでよいとのことだったので、いつもと同じスタイルで入浴することに。

浴室の戸を開けると、宮殿のような広さに思わずヒョエ〜と声が漏れた。立ちこめる湯気、瞬く間に鼻腔に届く花のようないいお湯の香り。なんだここ、地上の楽園か? その時のわたし、少女漫画のヒロインのように目の中に星を散らばせていたに違いない。

大きなお風呂が内と外にそれぞれ4つほど。外には緑が生い茂っており、森林浴を楽しみながらお湯に浸かることができる。ここでは2種類の泉質を扱っており、お湯の肌触りや色、香りの違いも味わえるようだった。事前に受付のお姉さんに、酸性が強すぎるから目に入るとキケンなお湯もあるよ、と教わったため、やや緊張の面持ちで浴室を見渡す。

いざ、夢の入湯の瞬間。つま先にお湯が触れた途端、ジェンガのように重く積み重なった心の中のわだかまりが、音を立てて崩れてゆくのを感じた。するするときつい縫い糸をほどくように、身が頭が緩んでく。ああこんな時を待ってたんだ。気づいた時にはわたしは水面に浮かぶ一枚の葉っぱとなり、ただただ心地よさに揺れるだけだった。

見渡すとわたしと同じように羽をのばす人びと。「浴場の戦士たち」in 台湾! お湯の中に癒しを求めるのは万国共通なようだ。お湯のすぐれた効能によりポカポカになった体で外に出ると、青い空がよけいに澄んで見えた。ビバ! 北投! とっておきの楽園を見つけた喜びに胸が震える。また必ず訪れることを誓った。

電車で台北駅に帰り着く頃にはもう日も暮れかけていた。思いつきで火照った体を冷やしにかき氷屋さんへ。マンゴーのたっぷりのったかき氷は、なんだか氷までもがほんのり甘く、いい夢を見ているようなふわふわした心地になった。

頬張りながら、ここ2日間で出会った旅の景色を頭に浮かべてみる。どんな光景もきらきらと瞬いていて、ああ、この旅のときめきのひとつひとつを糸で繋いでブレスレットにして、いつまでも身につけて眺めていたいなあ、なんて。

さて明日は台湾新幹線に乗って台南へ向かう予定だ。台湾でもっとも歴史のある古都だそうで、いまから胸が高鳴る。
ひとり台湾あるきはday3へと続く!

ひとこと
映画「366日」がいよいよ1/10に公開になります!! だれしも、人生のシーンのうしろに流れている音楽というものがあると思います。音楽で繋がれる心、記憶、というのも大きなテーマになっている作品なので、ぜひスクリーンでご覧ください。

プロフィール

ひとり台湾あるき-day2-/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。25年1月10日公開の映画『366日』に出演。adieu名義で歌手活動も行う。

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