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ひとり台湾あるき -day1-/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.11

2024年12月15日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

そうだ、台湾へ行こう!
とある作品をひとつ終えた区切り、あらゆる重圧から放たれたわたしは、軽やかな頭で思った。

旅好きの共演者の方から台湾の魅力を教わっているうちにどんどん興味が湧き、せっかくならこの際、ひとりでふらっとトリップしてみようとひらめいたのだ。

台湾という場所の気軽さ(東京 羽田からだと飛行機でだいたい4hくらい)、食の楽しさ、歩くだけで心がはずむような色彩の街並みに心惹かれ、気がつけばエアーのチケットとホテルを手配していた。

これまでもひとり旅の経験は何度かあった。が、こんなにも思いつきで動く海外旅行は初めてだった。なんせ旅の決断をしたのが旅に出る1週間ほど前だったのだ。オトナになるってきっとこういうことだ、やったぜバンザイ。

わたしが旅をするときに心がけていることがひとつある。それは、なるべく観光をしすぎない、ということだ。見知らぬ場所へ足を踏み入れるときは、どうしてもアレもコレも! と欲張ってしまいがちだ。誰もが知る観光スポットももちろん魅力的だが、それだけでなく、その場所に生きるひとたちの息づかいを、旅のなかで暮らすように感じることができたら、こんなに贅沢なことはないと思うのだ。

よって、ガチガチにプランを固めることはせず、1日のメインの予定以外はきわめて流動的に、その日の気温や心のウエイトによって決める、というふうに計画を立てた。これこそ、ひとり旅のいいところ。

ぐるぐると自分の足で歩き回ったり、路線バスの車窓から街をのんびり眺めたりしながら、偶然やちょっとしたハプニングを愛せる旅になればいいな、と。

こうしてわたしの弾丸台湾ひとり旅が幕を開けた。

-Day 1-
朝一の便で東京を発ち、お昼前には台北松山空港に到着。空港のエントランスを抜けた途端、とんでもない湿度をまとった空気がいきなり頬に触れた。
瞬時にカラカラに乾いた喉で、とうとうやってきたぞ、台湾! と小さく叫びたくなる。

わたしは、異国の地へやってきた時に1番はじめに飛び込んでくる、ハッとするような空気の肌触りがたまらなく好きだ。その土地を行き交う人たちの鳴らす靴の音や、走る車の排気ガスの色、見知らぬ草木の放つ香りが、一瞬にして迫ってくるようなふしぎな感覚。この瞬間こそが旅の醍醐味だとも言える。

すこしのあいだわたし、ここで息を吸わせてもらいます。はじめてコリコの街に降り立った時のキキのような気持ちで、わたしは心の中で小さくぺこりと会釈した。

荷物をホテルに預け、身軽なショルダーバッグひとつで跳ねるように街へ繰り出す。
はじめに向かった先は、台北の1番大きな問屋街と言われる、迪化街。台湾という場所を思い切り吸い込むにはもってこいの場所で、名産の茶葉や乾物がずらりと並んでいる。わたしのような観光客も多く行き交ってはいるけれど、現地の人たちの営みも垣間見えるのも魅力だ。

静かな通りを歩いているとたまに遭遇する、こんなふうな生活のむき出しにいちいち悶えてしまう。街中で、ここまで無防備に横たわるしゃもじと目が合ってしまうなんて。見知らぬ場所でも同じように陽は昇り、おなかを空かせ、眠りにつく人たちの日々があるということに、なぜだかわからないけれど胸がすこし震える。

屋台で買った肉まんをがぶりと頬張りながら散策を続けていると、古道具屋さんを見つけたので入ってみることにした。時間をかけて大切にコレクションされてきたことが伝わる、うつわ、ガラスのコップ、マッチ箱、色とりどりのボタンたち。

うっとり眺めていると、店の奥の方から突然「シャンバイシー!」と声が飛んできた。振り返ると店主の素敵なおじさま。シャンバイシーは中国語でいう上白石である。大学で第二外国語に中国語を選択していたわたしは、すぐにそれが自分の名前だと分かった。

どうやらおじさまは、ドラマを通してわたしの存在を知ってくれていたようだ。こんな場所で、自分の名前を呼んでもらえる日が来るなんて…。じわりとうれしさが込み上げてくる。そして中国語選択をしてくれていた大学時代の自分にも素直に感謝。持ちうるすべてのカタコト中国語でおじさまと言葉を交わし、またの再会を願うと、気に入ったレンゲとコップ、スプーンを買ってわたしは店を出た。

別のお店で漁師網バッグと呼ばれるかばんも自分用に購入。日用品を旅先で買うと、普段の生活に戻っても、ふとした瞬間に旅の思い出がきらりと光るのが好きだ。

宝物をたくさん抱えて迪化街を後にすると、あっという間に日が暮れかけていた。滞在するホテルまで40分ほど歩いてみることにする。

いい香りにつられて立ち寄った、こぢんまりしたかわいい料理屋さんであつあつの小籠包と魯肉飯をいただく。凍頂烏龍茶を頼んだら台湾ビールのコップと共に出てきて、ついほろ酔い気分になった。 

いい感じに膨れ上がった胃袋を引き連れ、ふたたび台北の夜を歩く。まだまだ湿っぽい空気にTシャツは張り付くけれど、なんだかそれすら愛おしく、足取りも軽くなる。どうみても派手すぎる色合いの看板や、古びたゲームセンターに出くわしたりするたびに、わたしの胸のまんなかにある鈴がりん、と大きく鳴ってやまない。

たまにはこんなふうに、自分の心が満ちるまで、自分ひとりのためだけに時間を使ってもよいのだ。旅のなかで豊かに彩られた感情は、きっとこれからの自分をずっとずっと照らし、生かし続けてくれるのであろう。 

あっという間にホテルに着き、熱いシャワーで汗を流す。明日はどんな出会いがわたしを待ってるんだろう。目を覚ますのが楽しみだなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。遠足を前に寝付けない子どものように、にんまり上がった口角を枕に押し付けながらわたしは目を閉じた。

ひとり台湾あるきは次回につづく!

ひとこと
本格的に年末の冷たい風が吹いてまいりました。台湾も今頃寒いのかなあ? 風邪をひかないように、ご自愛ください!

プロフィール

ひとり台湾あるき -day1-/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。25年1月10日公開の映画『366日』に出演。adieu名義で歌手活動も行う。

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