カルチャー

絶対に見てほしい、マーガレット・キルガレン。【前編】

2024年3月27日

text: Kunichi Nomura
photo: Shin Hamada

 マーガレット・キルガレンというアーティストを知っていますか?

 ストリートアートというものが生まれ、それがやがてメインストリームのアート界でも認められた現在では考えられないかもしれませんが、昔は異端のものとしてまともなギャラリーで扱われることはありませんでした。そんな時代に登場し、そのオリジナルな画風で様々なアーティスト達に影響を与えながら若くして亡くなってしまった、僕が最も好きで、影響を受けたアートを生み出した1人です。作品数はそこまで多くはなく、コレクターが放出しないため、目にすることがとても貴重なものとなりました。

 そんな彼女が残したスケッチブックや、小さな作品たちを保存している元パートナーだったバリー・マッギーと娘のアーシャが来日し、マーガレット初のソロエキシビションとなる「Inside Out」が神宮前のギャラリー『Scooters For Peace』で現在開かれています。

 ’90年代の中頃かな、ミッションスクールと呼ばれるサンフランシスコのミッション地区を根城とする若いアーティスト達がいました。僕も’90年代中頃しばらくその辺りにいたことがあります。ミッション地区は今でこそおしゃれな店やギャラリーも点在しますが、昔は治安が悪く、家賃も安い場所で、そこに都会のボヘミアン的な雰囲気を醸し出すストリートアートを手がける若者たちが集まり、活動をしていたのです。

 タグネームがTWISTだったグラフィティ上がりのバリー・マッギー、さまざまなペイントを手がけるクリス・ヨハンソン、サーフ映画や自身のレーベルまで運営するトーマス・キャンベル。スケートブランド〈チョコレート〉のグラフィックで有名なエヴァン・ヒーコックスもこの頃はミッションにいたと思う。自分より少し上の世代の彼らが’90年代の空気感をDIYで表現していくその姿に、僕らはとても興奮したのを覚えています。

 それまでの敷居の高いアート界の雰囲気をぶち壊し、古着を着て、楽器の代わりにスプレーやブラシを持つ彼らはまるでインディ上がりのミュージシャンのようで、これこそ俺たちのアーティストだと、皆がシンパシーを感じていたからだと思います。そんなアーティスト達はサンフランシスコだけでなく、同時期にニューヨークやロスにもいて、彼らの活動の記録というのはニューヨークで小さなギャラリー『アレッジド』を運営していたアーロン・ローズが撮った映画『ビューティフル・ルーザーズ』に収められているので未見の人は是非観てください。

 そんなアーティスト達の中で、別にアートに詳しいわけでも、スプレー片手にタギングをしていたわけでもない僕が、一目見ただけで心惹かれたアーティストがいました。1人がベスパを乗り回し、現代のモッズのような出立ちで、スプレー缶を自在に操る男、バリー・マッギー、そしてもう1人がマーガレット・キルガレンでした。彼女の描く絵というのはどこかフォークロアを感じさせるブラシを用いて描かれるもので、その2次元的なフラットなスタイルと、陽で褪せた朱色のような赤に優しい緑、他の誰とも違う色味がどこか懐かしいような。それは彼女のルーツというか好きなものを知ることで、なぜ彼女の画風が人と違うのか理解することができました。

 昔、まぁ今でもいますがホーボーと呼ばれる人たちがいました。いわゆる渡り鳥のように各地を移動しながら働く労働者のことで、彼らは全米を貨物列車の荷台に飛び乗って無銭乗車して旅したのですが、彼らがそこで荷台に描いたタギングがグラフィティの最初の形という説があります。自分の本名を描かず、アダ名を、「俺はかつてここにいた」と記録した落書きが。

 マーガレットのスタイルはそこから生まれたのだと思います。それだけでなく彼女はバンジョーを弾き、図書館で働きながらフォークロアを学び、自身も電車にタギングする熱心なロングボーダーでもありました。その全てが重なりあって生まれたペイントはどこにも属さない、彼女だけのオリジナルなもので、それはいつかその絵が欲しいと僕が初めて願ったものでした。無一文だったので「Untitled 2001」という展覧会で来日した彼女のTシャツしか僕には買うことができなかったのだけれど。

 しかし、マーガレットは僕が貯金を始めるよりはるかに早く、2001年に病気でこの世を去りました。亡くなる前に企画した最後の展示会で描き上げたいくつもの大きな絵、それが見たくて、20年近く前にロサンゼルスで開催された回顧展に格安航空券を買って1人で観に行きました。一昨年かリイシューされた〈トイマシーン〉のスケートデッキも全部買いました(ついでに同時期に〈ベーカー〉から出たバリーのシリーズも)。とにかく僕にとってはとても大きな意味を持つアーティストなのです。

 そんな彼女の初のソロショー、絶対に見て欲しいです。シティボーイを語るなら、老舗の飯だ、服だという前に都会生まれのアートを心の栄養としてまず取り込みましょう。

 そして今回、展示の設営を終えたばかりのバリーとアーシャにちょっとしたインタビューをすることができました。展示を見にいく前に是非。

文・野村訓市

インフォメーション

絶対に見てほしい、マーガレット・キルガレン。【前編】

Margaret Kilgallen “INSIDE OUT”

会場:Scooters For Peace 東京都渋谷区神宮前2-19-5
会期:2024年3月9日(土)〜5月11日(土)
時間:13:00〜20:00
休み:日・月
料金:無料

Instagram
https://www.instagram.com/scootersforpeace/

元々マーガレットのグッズが作成されることが稀なのだが、今回はサンフランシスコ近郊「Half Moon BayのBlack Stamp Studios」によるグラデーションのシルクスクリーン製トートバッグも数量限定で発売中。
https://scootersforpeace.com/products/margaret-kilgallen-tote