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【#2】しじゅうのてならい

執筆: 松尾諭

2023年2月17日

illustration & text: Satoru Matsuo
edit: Yukako Kazuno

 コンテンポラリーダンスの事を、略してコンテと言う。そもそもコンテを始めたのはコナー・マクレガーというアイルランド人がそもそものきっかけである。彼は世界最大にして最高峰の総合格闘技団体UFCで二階級制覇をした格闘家で、日本ではご存知ない方も多いかもしれないが、スポーツ長者番付でサッカーのクリスティアーノ・ロナウドを抜いて一位になったようなスーパースターである。

 そんな彼に興味を持ち練習風景の動画を見ていると、とても奇妙なトレーニングをしていた。調べてみるとそれはイドポータルと呼ばれ、ダンスや武術、ヨガやサーカスなどの動きを取り入れたメソッドで、その流れるような動きは美しく「こんな風に動きたい」と思った。別にそれは強くなりたかったわけではなく、年を取ったらしなやかに動ける身体が必要になると思ったからではあるが、日本にはイドポータルの教室はなく、それ以後も映画『ラ・ラ・ランド』や満島ひかりさんが歌って踊る『ラビリンス』のMVを観ては、あんな風に動きたい、と見よう見真似で動いてみるが上手くはいかずもどかしい思いを募らせていた。

 そんな時に観劇したのが『ねじまき鳥クロニクル』という舞台で、村上春樹の同名小説をイスラエルの奇才インバル・ピントが斬新な手法で演出した非常に見応えのある作品だったが、その出演者たちの動きが、ずっと思い焦がれてきたあの「動き」にとてもよく似ていた。観劇後にすぐさま出演者に振付を担当した人を紹介してもらうと、教室を持っていると言うので、すぐに参加したいとお願いした。ところが新型コロナウィルスの急激な流行により、その翌週には緊急事態宣言が発令、悲願はお預けを食ったが、それから二年し、感染者数の現場に伴いレッスンを再開したとの報せを受けた。

 会場は渋谷にあるバレエ用品専門店の入るビルにあり、四十を過ぎた肥えたオッサンが入るには些か場違いだとは重々承知しながら売場を抜けてスタジオへと向かった。スタジオの前では見るからにしなやかそうな若者たちが黙々とストレッチをしていた。動きやすい服装に着替えた後、臆する事なく同じように硬い身体をほぐすうちにレッスンが始まった。

「自由に動いてみてください」

 陽気で快活な先生の指示のもと、戸惑いを表に出さないようにしながら、マクレガーやライアン・ゴズリングや満島さんを思い浮かべながら自由に動いてみた。傍目にはとても不恰好であったとは思うが、先生が随分と持ち上げてくれるので、段々と楽しくなってきて、レッスンが終わった後には高揚感で満たされていた。継続的に通う事に決め、翌週も参加した。だがその翌週からは会場となる渋谷のスタジオが使えなくなり、場所と曜日も火曜日に変わってしまい、火曜日は毎週生放送がある都合上通えなくなってしまった。結局レッスンには二回行っただけである。

 だが必ずまた時間ができたら通おうと思う。これからの人生も美しくしなやかに動き続けるために。

プロフィール

松尾諭

まつお・さとる | 1975年、兵庫県尼崎市生まれ。役者を志して上京し、2000年映画『忘れられぬ人々』で俳優としてデビュー。オーディションで『SP 警視庁警備部警護課第四係』のメインキャスト役に抜擢され、注目を集める。2020年初の著作、「自伝風」エッセイ『拾われた男』を刊行。ディズニープラス/NHKでドラマ化される。出演映画作品に『テルマエ・ロマエ』『進撃の巨人』『シン・ゴジラ』『地獄の花園』、ドラマ作品に『最後から二番目の恋』『デート』『ひよっこ』『わろてんか』『舞いあがれ!』、舞台作品に『アルトゥロ・ウイの興隆』『しびれ雲』など多数出演。