ライフスタイル

妻のこと Vol.15 –大福妻 –

写真・文/上出遼平

2023年3月20日

photo & text: Ryohei Kamide

妻がダイエットを始めたらしい。

一緒にスーパーへ買い物に行くと、いつもは適当にカゴに放り込むデザートコーナーで、一つ一つカロリー表記を確認しては「これはダメだ」「これはいかん」などとぼやいて棚に戻している。とても残念そうで見ていられない。どうしてこの世界にはいくら食べても太らない甘いものがないのだろうか。

どれもこれも高カロリーだと気づいた妻は、打ちひしがれた様子で華やかなりしデザートコーナーを離れていった。

絶望の淵で砂を漁るようにカゴに投じられていくほうれん草、トマトにレタスに茄子。カゴが満たされていくほどに、妻の心はカラカラと乾いていく。その音が聴こえる。

そうしてレジに並ぶ妻。手に携えるは虚しさと食物繊維とベータカロチンとリコピンその他諸々。

すると妻が、レジ手前の棚に何かを見つけた。

スタタタと歩み寄り、手に取ったそれは、透明のペラペラのパックに入った塩大福(二つ入り)。「作りたて!」のシールが貼られたそれは、スーパーの裏のキッチンでパートの誰かに寄ってこさえられたものである。

妻はおもむろにパックをひっくり返す。

裏面を見る。

刹那、妻の目に焔が宿ったのを、私は見逃さなかった。

妻はそれを掴んだまま、流れるようにレジへと向かい、見事な手つきで会計を済ませた。

「どうしてだ!?」

私はありったけの声で、喉がちぎれるほどに、スーパーの二階の客まで驚かせるほどに、叫びそうになった。

なぜ塩大福(二つ入り)が許されたのか?

あんなのって、カロリー爆弾じゃないか!

私は帰宅したのち、いてもたってもいられずに塩大福(二つ入り)を観察した。

そしてある事実が明らかになった。

なんとその裏面にも、もちろん側面にも、カロリーが書かれていないのだ。思えば手作り系の食品にはままあることだった。

そして何より重要なのは、たとえそれが何百キロカロリーであろうとも、書いてさえいなければ、それは無いのと同義であるということだ。書かれたことによって、そのカロリーは生じるのだ。妻はそう思っているのだ。

私は妻の身を案じた。

夫としての責任を果たさなければならなかった。このままでは、毎日塩大福を食い続けるジャバザハットになってしまう。

私はすぐにインターネットで「塩大福 カロリー」と検索し、それが一つ234.9kcalであることを探りあてた。

「でかしたぞ!」と私は叫んだ。

そして私はすぐさまインターネットで「234.9 × 2」と検索し、それが469.8であることを探りあてた。

「でかしたぞ!」と私は再び叫んだ。

そして私は、極太のマッキーをぶん回し、大福のパックにデカデカと

470kcal(小数点以下省略)

と書きつけたのだ。

私は「いいことしたなー」と思って気分がよかった。 感謝する妻の顔が浮かぶ。

プロフィール

上出遼平

かみで・りょうへい|1989年、東京都生まれ。テレビディレクター・プロデューサー。早稲田大学を卒業。2017年にスタートした『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画、演出、撮影、編集など、番組制作の全過程を担う。