ライフスタイル

妻のこと Vol.5 – 怒り狂い妻 –

写真・文/上出遼平

2021年6月11日

photo & text : Ryohei Kamide

『5時に夢中!』の生放送で妻は言った。
「夫が先に出かける時は、マンションの廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで扉を閉めずに見届けています」
このメルヘントークがネット記事になった挙句、妻はコメント欄で叩かれたという。
僕は記事もコメントも読まないのでどんな言われようか知らないけれど、想像するに「内臓全部飛び出たかと思うくらいヘドが出た」とか「そんな話聞かされるくらいなら耳にタコ住まわせたほうがまだマシ」とか、その手の誹謗中傷だろう。

ネットに暮らすあなたたちに忠告する。
うちの妻はやめておいたほうがいい。あの人は本当に恐ろしい人間だから。
何が恐ろしいって、妻は「怒り狂う」のだ。
さらに言えば、単に”狂ったように怒る”わけではなく、「わたし、怒り狂うよ?」と宣言するのだ。
みなさんに想像できるだろうか。
自分の振る舞いに対して「怒り狂う」という言葉を躊躇いもなくあてるその恐ろしさ。だいたい、「狂う」なんて言葉は誰かが誰かに対して客観的に与える評価であって、自分で自分の状態を「狂っている」と評するなどというのは甚だ「狂う」という言葉に対する冒涜で、さすれば妻は「狂い」に対して宣戦布告するほどの剛の者であるとも言えるのである。
加えて言えば、些末なことから夫婦喧嘩になった際にも「わたし今、怒り狂ってるよ?」などと曰うものだから、現在進行の時制で「狂い」を押さえ込んで、尚且ついつでもそれを表出できると言わんばかりでいるその確かな精神と肉体に平伏せざるを得ないのである。

なお、”夫が出かけるときに廊下の角を曲がるまで見送り妻”は今の家に越してから3年間ほとんど欠かされたことがない。誇り高き夫たるこちらはこちらで、曲がり際に突然速度を早めてみたり、逆に牛の如くゆっくりと曲がったり、調子の良い時は一度角を通り過ぎてテヘペロしたりと毎度毎度大変だ。僕の機嫌が悪いときには、サービスの意思を1mlも持ち合わせていないことを示すために、限りなく無機質なカーブを描くことに腐心したりもしている。それはそれで難しいのだ。「キリンを思い浮かべないでください」と言われたら100人中100人がキリンの姿を想像してしまうのと同じことだ。

なお、「怒り狂い期」にだけ妻の見送りは停止され、僕の曲がり角は観客を失う。
だから皆さん、どうか妻の機嫌を損ねるようなことだけはやめて欲しい。上機嫌でいさせてやって欲しい。
無観客カーブはもうごめんだ。

プロフィール

上出遼平

かみで・りょうへい|1989年、東京都生まれ。テレビディレクター・プロデューサー。早稲田大学を卒業後、2011年に株式会社テレビ東京に入社。2017年にスタートした『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画、演出、撮影、編集など、番組制作の全過程を担う。4月にスタートしたポッドキャスト番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision』がSpotify限定で独占配信中! 毎週水曜日0時に更新。https://spoti.fi/hyper