カルチャー

『MORE MUSIC』/松山の老舗音楽店に潜むアメリカ物語。

2021年9月7日

photo: MORE MUSIC, Kazufumi Shimoyashiki
text: Toromatsu

 愛媛に訪れる機会があれば必ず立ち寄って欲しい、『モアミュージック』という老舗音楽店。相場よりもリーズナブルな輸入レコードを目当てに、というのはもちろんだけど、なによりショッパーのデザインが最高すぎるのだ。レコードが収まるナイスなサイズ感のショッパーは何を隠そう、はっぴいえんどや大瀧詠一さんのジャケットを担当していたデザイン事務所『Work Shop MU!!』のリーダーである、眞鍋立彦さんがグラフィックを手掛けたもの。正直、普段も持ち歩きたくなるほどシャレている。

 2006年に移転こそしたが、松山市内で1983年から続いている『モアミュージック』では創業当時から『Work Shop MU!!』がデザインした看板が目印。眞鍋さんが音楽店のグラフィックを手掛けたのは世界でもここだけなんだとか。どんな経緯からこうなったのかを、オーナー夫婦である大久保銀次さんと、一恵さんに話を伺った(ちなみに二人の人柄がめちゃくちゃ良いのでそこも必ず立ち寄って欲しい理由のひとつとここに明言したい)。

『モアミュージック』オーナーの大久保銀次さんと一恵さん
オーナーの大久保銀次さんと一恵さん。

「店をオープンするまでの2年半、僕たちはアメリカに住んでいたんですよ。アパート探しに苦しんでいるときにジムさんという中国人に出会い、この人が本当によくしてくれた。在米して半年ほど経ったときにジムさんが“日本からお客さんを連れてきた”ってやってきたのがMU!!の眞鍋さんだった。案内したり、買い物をお手伝いしたりしているうちに親しくなり、僕が“松山に帰ったらレコード店をやりたい”と話しをすると、店のロゴを作る約束をしてくれたんです。で、帰国してから東京まで会いに行ったら本当にデザインしてくれた」と銀次さん。

『モアミュージック』の時計
そんな経緯から完成したのがこのデザイン。時計やポスター、段ボールさえ欲しくなる。

 さらっと、アメリカでの放浪記を語られたが、そこを掘り下げずにはいられない。二人の馴れ初めや、アメリカで何をしていたのかなどにも興味が沸き、おのずとモアクエスチョン状態に陥ってしまった。

「当時僕は出身地の秋田で山平和彦というフォークシンガーに誘われて音楽事務所を設立したんです。妻と出会ったのは、彼がベルウッド・レコードからデビュー・アルバムをリリースした経緯から、四国にツアーで訪れたのがきっかけ。西岡恭三、あがた森魚、友部正人、そして山平君と、レコード会社の人、僕を合わせた6人でした。松山のプールサイドでのライブで、客として来ていたのが妻。たまたま話しをして、それからペンフレンドを続けて結婚することになった」

音楽家・山平和彦さんのアルバム『風景』
デビュー作が発禁した、悲運の音楽家・山平和彦さんの最も定評あるアルバム『風景』

 結婚を機に、松山への移住を決意した銀次さんだが、70年代初期から抱いていたアメリカ行きの夢を捨てることはできず。親族を説得しつづけ、一恵さんを連れて1980年からアメリカ放浪の旅に出かけたというから凄まじい執念と行動力である。

 アメリカでは毎週のようにコンサートへ出向き、ボニー・レイット、ウォー、ジェシ・コリン・ヤング、ハービー・ハンコック&チック・コリア、ブルーズ・ブラザーズ、トト、グレイトフル・デッド(UCLAの大きな体育館がスモークでかすんでいたらしい)など様々を観て聴いた。

 ディープなアメリカンカルチャーに染まっているように思うが、目的は現地で音楽に触れること、そして多少の語学を身につけて帰ること。しっかりと地に足は付いていた。英語の勉強は毎日何時間もこなし、週一・二回の試験はいつも満点。レコード店を巡り、毎週30~50枚ほどのレコードを購入するなど、二人は着々と夢に向かって進んだのだ。

大久保銀次さんと一恵さん
大久保銀次さんと一恵さん
大久保銀次さんと一恵さん

「ロサンゼルスの『レストラン日本』という読んで字のごとくの日本食レストランで妻と働いていた。そのときに最もユニークだったお客さんは、ドラッグをテーマにした有名コメディアンのチーチ&チョン。毎回チョンが妻に“チーチと結婚しろ、チーチは金持ちだぞ”って言うのを、妻が“私の主人も金持ちだ”って冗談を言って彼らや周りを喜ばせてくれていた」

『レストラン日本』で働いて貯めたお金を元手に開店したのがこの『モアミュージック』。店名の由来は、高校生のときに好きで聴いていたオールナイト・ニッポンで、亀渕昭信さんがDJの日だけは、何故か“〜モア・ミュージック〜♪”なるジングルを流して曲を紹介していたから。将来レコード店を開くときはこの名前にしようと決めていたそう。

「もともとレコード店をやりたいと思い始めたのは中学生のときで、それから音楽事務所、そしてアメリカでの音楽修行を重ねたからか、いざ店を始めたときにはもうやることが無くなったような思いになった。出だしは売上的にも厳しい日が続いたけど、音楽番組『ベストヒットUSA』のスポンサーにつくようになって全国から人が来るようになった。学生が広島から自転車に乗ってきてくれたりすると嬉しくて。たくさんの仲間やお客さんに支えられながらもうすぐで40年を迎えることができます」

『モアミュージック』

 今でも年に一度夫婦でアメリカに出向き、約2週間レコードをバイイングしているというから、その行動力は揃って健在。ショッパーのデザインや、音楽のセレクトはもはや言わずもがな。生い立ちも素敵な二人に会いにぜひ『モアミュージック』へ行ってみてほしい。

おまけ

インフォメーション

モアミュージック

◯愛媛県松山市大手町1-9-10 ☎089-932-3344  11:0019:00 不定休 

Official Website
moremusic.co.jp