カルチャー
JJとAAの勉強
2021年5月16日
星の数ほど存在するジャズ本の中でも、ハレー彗星レベルの輝きを放っているのが、植草甚一さん(敬愛を込めて、彼の通称であった“JJ”と呼ばせてもらう)の『モダン・ジャズのたのしみ』だ。戦後すぐから映画や文学をはじめとする海外カルチャーについての文章を乱発しまくってきたJJは、49歳になって急にモダン・ジャズに目覚めたという。この一冊には、その“ハマりはじめ”の頃に書かれたみずみずしいグルーブ感に溢れるエッセイがてんこもりで、まるで彼と一緒にジャズにのめり込んでいくような気分を味わえるのだ。何といってもこの本の読みどころは、JJらしい軽妙洒脱な言葉でモダン・ジャズのポテンシャルがシンプルに解説されている点だろう。

戦前はジャズに興味がなかったJJが、そこにハマったいきさつなどが明かされる。入門書のクラシック的一冊。
彼によれば、いいジャズの演奏には“リラックスさせてくれるもの、スウィングさせてくれるもの”があるという。だから聴いていると、仕事で疲れた頭をほぐしてくれると同時に、無性に仕事がしたくなってしまうのだと。そして、この2つのエレメントにこそ、JJはモダン・ジャズの最大の“たのしさ”を見いだしていた。JJの著作集「植草甚一スクラップ・ブック」シリーズには、これ以外にもパンチライン続出のジャズ本たちが燦然と輝く星座を形づくっているのだが、チャーリー・ミンガスやマイルス・デイヴィスといったミュージシャンについて書いても、ファンキー・ジャズやフリー・ジャズといったジャンルについて書いても、根っこにはこの“たのしさ”の追求がある。

JJが最も愛したアルバムの一つであるチャーリー・ミンガスの『直立猿人』の衝撃などについて綴られている。

“バード”ことチャーリー・パーカーの生きざまを、“かれの仲間たち”の発言を引用しながらひもといた一冊。

モダン・ジャズの礎を築いたマイルスとコルトレーンについての愛に溢れるエッセイが収録されている。

ジャズ喫茶でコーヒーを飲みながら、ジャズについて考える。そんなJJのライフスタイルが洒落た文体で綴られる。

1964年にビル・ディクソンが主宰したフリー・ジャズ・イベント『ジャズの十月革命』の功績を考察した名著。

MJQ、アート・ブレイキーなど白人にはないエネルギーに溢れた「ファンキー・ジャズ」をJJが熱っぽく語る。
そんな快楽主義者のJJとは正反対のジャズ観を語るのはAAだ。AAとは、間章さんというJJよりも40歳くらい年下の音楽批評家。別にAAと呼ばれていたわけではないんだけど、青山真治監督が撮った彼についてのドキュメンタリー映画(灰野敬二さんや大友良英さんがAAについて語っていて、全部で443分もある!)のタイトルが、まさに『AA』なのでそう呼ばせてもらう。JJが星ならAAは闇だ。それは『間章著作集』全3巻を手に取ってみれば一目瞭然だろう。この百科事典みたいに分厚い本は、表紙から“コバ”まで真っ黒けで、読んでいるうちに指が黒くなってきちゃうという、まさに闇そのものだし、収録されている批評文にしてもぐねぐねした文体で暗黒舞踏のようなのだから。

“アンチ・スウィング・ミュージック”としてのフリー・ジャズの可能性を問う「地獄論への素描とその前書」など。
試しに2人が書いたオーネット・コールマンについての文章を読み比べてみよう。JJは前掲書の中で“(コールマンの音は)とにかく想像以上に新しい刺激がつよい。たとえば「淋しい女」というレコードのなかの最初の一曲を聴くと、ヒステリックになった女が眼のまえに浮かんでくるだけでなく、アルト・サックスとコルネットの噛み合いかたから性的に不潔な感じがするくらい汚い音色が混ざりだし、ひとくちにいうと、これがビート・ジェネレーションのモダン・ジャズではないだろうかと考えさせるだけのショック・ヴァリューを持っている”と、具体的な音の分析とそこから見える風景について綴っている。
一方、AAは『著作集Ⅱ』の中でこう書いている。“オーネットはジャズの自由と解放を調性とコード進行から離れ、メロディをリズム化し、リズムをメロディ化すること、さらにあらゆる抑圧を離れた、感覚的に情念的に基礎づけられたハーモニクスを生み出すことによって、“ジャズの革新”を遂行した”と、まぁ、こんな具合だ。

AA自身が日本へ招聘したデレク・ベイリーをはじめインプロビゼーション系のアーティストについて論じられる。
解放? 情念? 革新? ナニがナニやら……と最初は戸惑うかもしれない。JJのわかりやすさのほうに共感を覚えるだろうし、AAはどうしてこうもわかりにくく書くのかと疑問に思うだろう。しかし、答えは明白だ。
AAは“わかりやすさ”を憎んでいた。だから、コールマンについてもJJのように“スウィングさせてくれる”ことに“たのしさ”を見いだしたりはせず、“アンチ・スウィング・ジャズ”としての可能性のほうに思考を巡らせていた。この憎悪は、JJが戦後のジャズをすべて「モダン・ジャズ」と一括りにして愛したのに対し、AAがその後の1960年代に登場したフリー・ジャズについてしかほとんど言及してないことにも垣間見える。特にAAがマイルスのことを黙殺したことは興味深い。あたかも彼にとっては、フリー・ジャズ以前はわかりやすすぎて、存在しないも同然かのように……。いずれにしても、1人のミュージシャンからこんなにも正反対な言葉が引き出せるのかと開いた口がふさがらない。
こんな次第なので、AAはJJのことが嫌いなんだと思っていたが、どうやら違うらしい。むしろ、リスペクトしていたと見え、『著作集Ⅲ』に収められた文章で“僕はかけがえのない多くの事を植草さんに教わった”と書いている。また、JJの『ジャズの十月革命』は読んでいてジャズ喫茶の椅子から立ち上がるほど感動したとも。AAが憎んでいるのは、そんなJJの登場以降、巷に多く溢れた彼のスタイルを安易に猿真似しただけの俗物のほうなのだ。なぜなら、そこにはJJにはある“モラルと孤独”が欠如しているから。AAはそのことを、ミンガスの来日時の夕食会で同席したJJの姿を見て、深く確信したという。

セルジュ・ゲンスブールのアナーキーさについて書かれた批評から、同志社大学での講演まで盛りだくさんの一冊。
つまり、AAはJJと同じ“たのしさ”ではなく、彼の姿に見習いながら自分なりそれを見つけたかったということだろう。そしてその“たのしさ”の上を、JJ流に言えば“散歩”、AA風に言い直せば“旅”したかったのだろう。光があるから闇が立ち、闇があるから光が輝くのだ!
JJ
植草甚一
AA
間 章
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