カルチャー
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自己模倣するホラー映画。
2021年8月17日
複雑な“落差”を取り入れてしまったことにより、『スクリーム』はかなり微妙な問題をも招くことになります。というのも、観客はだんだん、フィクションの殺人鬼と本物であるところのゴーストフェイスを区別しづらくなってくるんです(笑)。もちろん、劇中の登場人物には区別がつくんでしょうが、観客にとってはどちらもフィクションなわけですから。しかも、『スクリーム』はその後にシリーズ化されていくのですが、前作で非日常とされたものがネタ化され、どんどん日常の側に回収されていくんですよ。例えば『スクリーム2』(1997)は、前作の事件が書籍化され映画化されたという設定になっており、冒頭から街中にゴーストフェイスのコスプレイヤーが溢れている(笑)。1作目では「過去のホラー映画とは違うんだぜ!」ということをアピールするために、劇中でそれらの作品にどんどんツッコミを入れていたわけですが、第2作ではその第1作自体がツッコミ対象になっています。第1作の10年後を描く『スクリーム4:ネクスト・ジェネレーション』(2011)で、ある警察官が「ある世代にとっての悲劇は次の世代にとってのジョークだ」と呟きますが、前の世代どころか1年前の作品さえジョークにしてしまうのが、『スクリーム』シリーズの特徴なんです。こうなると、その映画で恐ろしいとされているものを、最初からネタ化する観客も増えはじめます。
事態を更に複雑にしているのが、『スクリーム』シリーズなど’90年代のホラー映画をパロディしたコメディ『最終絶叫計画』(2000)です。『ホット・ショット』(1991)をはじめ、パロディ映画はそれまでにもありましたが、『最終絶叫計画』が一線を画しているのは、まず配給会社が『スクリーム』と同じくディメンション・フィルムズであること。つまり、同じ会社が同じ資源を使いまわしたセルフパロディなわけですね。恐るべき商売魂です。また、『ホット・ショット』は『トップガン』や『ランボー』シリーズを主にパロディしているのですが、オリジナルは大金と俳優の筋肉で勝負しているわけですから、パロディ版は粗末でもいいし、粗末であるからこそ笑いを誘うという構造になっています。ですが、ホラー映画の場合、そういう作りにはなってない。先ほど述べたようにデフォルトとしての日常あっての“落差”がホラー映画の肝なので、怖いものをずっと映しつづける必要はないし、日常のシーンをゴージャスにする必要もありません。実際、『スクリーム』も全体のうちの70分くらいはアメリカの何の変哲もない高校生が話をしているだけで、そこにちょくちょくゴーストフェイスのシーンが入るという作りになっています。その作りは実は『最終絶叫計画』も変わらない。するとどうなるか。流し見をしていると『スクリーム』なのか『最終絶叫計画』なのかわからないという事態が生じます(笑)。『最終絶叫計画』に登場する殺人鬼は、『スクリーム』と全く同じマスクをかぶっているだけですから。
『スクリーム』は「“落差”さえあればなんでも怖くなるでしょ!」という方向を突き詰めることで、ホラー映画の原理を純化させてしまった。その意味で偉大なる一歩だったかもしれません。しかし、突き詰めすぎた副作用として、「それが怖いのかどうかわからない」という極点までいってしまったのです。
’90年代はポストモダンの時代だと当時からよくいわれていました。その特徴は、あらゆるレベルで「オリジナル」と「コピー」の境目が曖昧になったこと。映画で言えば、CGの発達によりかなり本物らしくなった『ジュラシック・パーク』(1993)の恐竜などがわかりやすい例ですね。『スクリーム』シリーズにおける本物とコピー(パロディ)の区別しづらさも、こうしたポストモダン的な時代状況の反映と見ることができるでしょう。
プロフィール
入江哲朗
いりえ・てつろう|アメリカ思想史研究者、映画批評家。1988年、東京都生まれ。著書に『火星の旅人—パーシヴァル・ローエルと世紀転換期アメリカ思想史ー』(青土社)がある。現在、脳筋映画論を準備中。
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