TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】Texturmaniaは平和を呼ぶ

執筆:大橋和彰

2026年10月29日

「Texturmania」は架空の団体です。
会員数もわからなければ、別に決まりもありません。
代表も特にいません。
本拠地はどこでもいいです。
まとめたいわけではありません、むしろバラバラでいいです。 
特定のブランドでもなく、職業でわかれてるわけでもない、自分の好きなことをたくさん観察しているマニアックな人たちを「Texturmania」と呼んでみました。

 きっかけは、左官のサンプルを作りながら配合を考えていたときのこと。
「こんな質感で、少し砂が奥に見えて、触るとツルッとしてるのに見た目はざらっと感じる、フラットではあるけれど奥行きのある壁が出来ないかなぁ」。そうして塗った肌をずっと見ていると、砂の粒の出方と色の濃淡は「塗り方」によって影響することを知りました。そして、ふと思ったのが「Texturmania」でした。同時に、左官に限らず、同じ視点で他のものを見ている気がしました。

texturmaniaの作業。1つの素材から砂の粒の大きさをわけて質感を検討していく

サンプルでtexturを確認

 そもそも、texture(テクスチャ)とは「織物の生地や織り方」を意味する言葉で、現在では「物の質感・手触り・触感・食感」などを広く表します。

 物の表面の手触りや肌ざわり、食べ物を口に入れたときの歯ざわりや舌ざわり、音の重なり具合や響き、作品全体の複雑な風合いや雰囲気……日本語だと「textur=肌理」で、キメと読む。木目もキメです。なんだか調べていくと、ほとんどがテクスチャではないか! となりました。だから、僕にとっては世界中に「Texturmania」がいっぱい居るイメージです。

木を扱う人達は木目を気にしているので、「Texturmania」確定です。
テキスタイルを扱う人たちも「Texturmania」確定です。
料理をする人たちも歯触りや舌触りを考えるので「Texturmania」です。
だいたい物を作る人たちは、その素材のマニアで、「そもそもどんな物体も粒子でしょ」とかなると、肉眼でどこまで見えるのかはさておき、よーく見てみると粒と粒なわけで。ってことは、光さえテクスチャじゃんと、どんどん「Texturmania」の範囲は広がっていくわけです。

 勝手な持論ですが、本当にマニアックに、真剣にもの作りに励んでいる人は平和な人だと思います。だって対象にハマってしまっているから、周りと揉めたり、文句を言う暇さえないんです。

 世界中の争いごとを失くすには、「手仕事的なもの作り」に熱中してもらえたら争う暇はなくなると思うのですが、楽観的過ぎるでしょうか?

 もの作りに熱中するがあまり、手元と足元しか見えなくなり、人の物を欲しがるより自分の物を渡したくなり、奪い合う構図が少なくなれば、平和への糸口になりませんか?

プロフィール

大橋和彰

おおはし・かずあき|1983年、東京都生まれ。中学から高校生まではファッションに興味を持ち、学校をサボり原宿と神保町に通う。その後、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、南米などを旅をしたのち、さまざまな建物、暮らし、食に刺激を受け、農業、造園業、左官業の3択で迷った結果、2005年に左官の道へ進む。10年の下積みを経て2015年、独立。現在は妻と子供4人と犬とニワトリとアヒルと暮らす。左官を生業に、山を開拓する日々を送っている。

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