TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】忍者のいる蕎麦屋

執筆:三品輝起

2026年3月20日

 私の行きつけの蕎麦屋には忍者がいる。その坊主あたまの男はマスクもふくめ全身黒ずくめで、胸もとにだけ赤いTシャツの一片がちらりと見える。彼の声はいつもかすれていて、店のおもて通りに面したほとんどの窓ガラスが割れている。いや、厳密には割れていないのかもしれないが、薄緑の養生テープが大きくXや米の字をえがいて貼られている。いくつものXや米マークがかかげられているおかげで一見さんは少なく、中高年の常連たちがほとんどだ。ちょっと廃屋に見えなくもない。

 入ってすぐのスペースには数本の竹があって、木の葉隠れの術につかいすぎたのだろう、葉っぱがほとんど失われただの枯れ木に見える。もっと直截にいえば、細く茶色い竹竿が甕にぶっ刺さっているようにしか思えないのだが、これはまちがいなくフェイクグリーンだ。数枚だけ残され色あせた竹の葉の、火をつけたらすぐに溶けだす蝋のような質感が、つくり物であることを私に告げている。最初から枯れた設定の嘘の木ではなく、自然と朽ちて枯れていった人工の竹。そういえば店をはじめたころ、紙で精巧にできた枯葉を大量に仕入れては何百枚と売りさばいていた。そのメーカーはとっくに倒産し、手元に残った最後の2枚をいまも壁に貼って保存しているのだが、月日とともに皺がとれて、より偽ものらしくなってきている。店を終えるまえにもう1回、秋にちなんだ店名に立ちもどって嘘の枯葉を売ってみたい、なんて気持ちになることがある。

 忍びの里では客の手指の消毒を徹底しており、おざなりな初学者がいるとアルコールをもった忍者がスーとしのび足でやってきて、消毒よろしくお願いします、と耳もとでささやく。指向性のある、ハスキー・ヴォイス。よって私は忍びの者が歩みよってくるまえに、入口のアルコールを両の手にこすりつける動作をしっかり見せつけて、消毒済みであることをアピールしなくちゃいけない。また忍者は玄関扉の換気のやりかたにもこだわりがあって、客が引き戸を閉めたあと、やはり無音のすり足で玄関までスーと移動し、ミリ単位の精度で1.5センチほどの空隙をつくる。1センチでも2センチでもだめ。私はなんども忍者に手なおしされつづけ、やっと1.5センチのすきまをつくれるようになった。

 こうして私は日々、忍びの里の常連になりつつある。ちなみにかならず天ざる蕎麦をたのむ。海老や南瓜を忍者の黒衣のごとく黒々と揚げてくれる。油をあまり替えてないのかもしれない。でも千円ぽっきりだし1ミリの文句もない。店内はほぼ無音。数回だけラジオがかかっていたことがある。

プロフィール

三品輝起

みしな・てるおき|1979年、京都府生まれ。愛媛県にて育つ。2005年より西荻窪で雑貨店『FALL』を経営。著書に『すべての雑貨』(ちくま文庫)、『雑貨の終わり』(新潮社)、『波打ちぎわの物を探しに』(晶文社)などがある。

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