TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】越境する異文化がもたらす出逢い

執筆:ペトル・ホリー(Petr Holý)

2026年2月5日

プラハのカレル大学哲学部に入学し、日本学科を専攻しました。

ヨーロッパの大学の人文学科はたいてい、哲学部の管轄になります。「建築史を学ぶのであれば、プラハに来るべし」というキャッチフレーズをたびたび耳にしたことがあるくらい、ロマネスク、ゴシック、バロック、ロココ、新古典、アールヌーボー、キュビズム、アールデコ、モダニズム、ブルータリズムなどの建築様式が現存しているプラハで大学生活を送っていました。

古い佇まいに囲まれて青春時代を過ごしたのです。

「シネフィル」的な映画館でリンチ監督の『ブルー・ベルベット』やキエシロフスキ監督の『二人のベロニカ』、ウエイン・ワン監督の『スモーク』、そしてチェコのユライ・ヘルツ監督の『火葬人』等の映画を観たり、プラハの繁華街から程遠いアパートの近くに今やなき「メドゥーザ」という喫茶店があって足繁く通ったものです。

ユライ・ヘルツ監督『火葬人』(ポスター制作:アントニーン・ディミトロフ、1968年)(Terry Postersより

チェコスロヴァキア時代の日本映画ポスター『ゴジラ』(Terry Postersより

チェコスロヴァキア時代の日本映画ポスター『怪談』(Terry Postersより

チェコスロヴァキア時代の日本映画ポスター『鬼婆』(Terry Postersより

チェコスロヴァキア時代の日本映画ポスター『羅生門』(Terry Postersより

また、私が当時住んでいたアパートのすぐ近所には『ゴーレム』、『緑の顔』、『西の窓の天使』、『ヴァルプルギスの夜』などを書いた小説家グスタフ・マイリンクが1883〜1903の間住んでいました。
当時の私はメドゥーザで一杯飲んだ後、薄暗くなったプラハの下町の石畳を歩き、かつて同じようにそこに居たであろうマイリンクの息吹を感じようとしました。

前回も書きましたが、1990年代当時のプラハはまだ陰翳礼讃的な雰囲気をうっすらと醸し出していました。中でも当時の古本屋は私を大いに魅了しました。去年、チェコ言語学、文学の権威、そして当時大変お世話になった、ビールの愛好家でもある千野栄一先生の稀覯本『プラハの古本屋』が文庫本として再版されました。

千野栄一著『プラハの古本屋』(中央文庫、2025年8月)https://www.chuko.co.jp/bunko/2025/08/207693.html

その中に紹介されている古本屋は私も常連のひとりでした。当時の古本屋で私は、チェコ人「専業探検家」や日本文化贔屓たちが19世紀後半、20世紀前半に日本各地を訪れた際のいわゆる旅行記、日本文学の翻訳など買い漁りました。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の20世紀初頭にチェコ語に訳された本に出会ったのも古本屋でした。また、八雲の少し後に日本で活躍したチェコの建築家、広島県物産陳列館(現原爆ドーム)を1915年に設計したチェコ出身のヤン・レツルについても古本で知りました。

和服姿の建築家ヤン・レツル (ヨゼフ・コジェンスキー著『日本再訪』、J. Otto出版社、プラハ、1910年、ペトル・ホリー蔵書)

同時期に、偶然にもNHKとチェコスロヴァキア国営テレビの共同製作ドラマ「ヤン・レツル物語 広島ドームを建てた男』(1991)をちょうどプラハで撮影していた同作ディレクターの佐々木昭一郎さんと再会し、これをきっかけに2024年に他界されるまで公私共に大変親しくさせていただきお世話になりました。私にとってヤン・レツルが繋いでくれた恩人との素晴らしい邂逅でした。

プラハの古本屋で、私は両大戦間のチェコスロヴァキアのアヴァンギャルドたちによる本の美しい装釘デザインにも惹かれました。
アヴァンギャルド期のチェコの重鎮カレル・タイゲ(1900〜51)は大正期新興美術運動、日本未来派(神原泰、村山知義ほか)やダダと共通点が多く見受けられます。
なお、タイゲは理論家だけでなく、チェコスロヴァキア戦間期の前衛芸術の指導的な存在として、美術、演劇、映画、写真、タイポグラフィ(装釘デザインを含み)、文学、建築など、芸術の全分野に影響を与え、チェコ独特のポエティズムの誕生に貢献し、チェコでのシュルレアリスムの受容にも多大な影響を与えました。
チェコのシュルレアリスム画家トワイヤン(TOYEN、1902〜800)やJ.シュティルスキー(1899〜1942)も装釘デザイナーとして活躍し、多くの詩集などに表紙デザインや挿絵を施しました。

ヴィーチェスラフ・ネズヴァル著『夜の詩』(装釘:カレル・タイゲ、1938年、Fr. Borový出版社、プラハ、ペトル・ホリー蔵書)

カレル・タイゲ著・装釘『映画』(Václav Petr出版社、プラハ、1925年、ペトル・ホリー蔵書)

ヴィーチェスラフ・ネズヴァル著『小さなアニチカとワラのフベルト』(挿絵:トワイヤン、1936年、ペトル・ホリー蔵書)

ボフスラフ・ブロウク著『自慰と精神的エロチズム』(装釘:カレル・タイゲ、シュルレアリスム叢書、プラハ、1935年、ペトル・ホリー蔵書)

ヴィーチェスラフ・ネズヴァル著『パントマイム』(装釘:カレル・タイゲ、1935、ペトル・ホリー蔵書)

ヴィーチェスラフ・ネズヴァル著『複数形の女』(装釘:カレル・タイゲ、1935、ペトル・ホリー蔵書)

近年、チェコ国内外で話題を呼んでいるチェコ・グラフィック・デザインを紹介する膨大なプロジェクト「イデンティタ IDENTITA」https://identitaproject.com(発起人・チーフキュレーター:リンダ・クドルノフスカー&フィリップ・ブラジェク https://www.designiq.cz/en)はチェコのグラフィックデザインの100年以上にわたる軌跡、書籍装丁やポスター、企業ロゴ、映画広告などを紹介しています。

Linda Kudrnovská (ed.): IDENTITY (Paseka出版、プラハ、 2025) 写真撮影: ©︎Tomáš Raslhttps://www.designiq.cz/en/portfolio/identity-book

1998年に歌舞伎の研究のために来日しましたが、ご縁をいただいて、現役のシュルレアリストのヤン・シュヴァンクマイエル監督をはじめとするチェコ映画作品の日本での普及にたずさわらせていただくことになり、チェコ語からの字幕翻訳・監修だけでなく、映像作家の紹介文や通訳まで、場合によっては監督を歌舞伎や人形浄瑠璃(文楽)の公演や楽屋へ同行し、横で解説するという貴重な機会もありました。
シュヴァンクマイエル氏は日本の怪談や幽霊がお好みゆえ、「東海道四谷怪談」のお岩様の髪梳きの場や「女殺油地獄」の、河内屋与兵衛に襲われ殺害されてしまう豊島屋お吉の油まみれ(しかし歌舞伎では油の代わりにフノリを使う)、凄味ある場面を大いに気に入りました。

細江英公、ヤン・シュヴァンクマイエルを撮る(撮影:ペトル・ホリー、2011年2月)

シュヴァンクマイエル氏と日本で初めて仕事をさせていただいた折、お帰りの朝、空港で私の拙訳、江戸川乱歩著『人間椅子』の原稿を差し上げたところ、まもなく本人から「これぞ正に触覚主義だ!映画にしたい!」という書簡をいただきました。
結局映画になることはかないませんでしたが、この『人間椅子』はシュヴァンクマイエル氏のコラージュ挿絵入りの単行本として日本で上梓されました。また、この作品をきっかけに、乱歩先生のかの「蔵」にシュヴァンクマイエル氏をお招きいただき、その内部を見学させていただきました。
このように、微力ながら、チェコと日本、越境する異文化の世界を行き来しながら活動させていただいております。

歌舞伎を専攻に大学院を単位取得退学し、その後、駐日チェコ共和国大使館の館内に、「日本でチェコ文化を発信する」外郭団体チェコセンターを初代所長として新設し、7年間勤めました。
チェコの後期シュルレアリスムの第一人者、シュヴァンクマイエル氏をはじめとするチェコ文化を日本で広めつつ、歌舞伎研究の世界を一度たりとも離れることはありませんでした。2011年の大震災の前の2月にシュヴァンクマイエル氏を日本に招聘し、多忙なスケジュールの合間を縫って、東京の四谷三丁目にある於岩稲荷田宮神社さんへ案内し参拝しました。
その際、監督が賜ったお岩様のお守りを今なお大切にしていると言います。私は2013年1月にチェコセンター所長を満期退任し、すぐに歌舞伎研究や翻訳の日常にもどりました。
また、コロナ後、古き良き建築の姿が次々と消えてゆく東京を離れ、伊豆半島に居を移しました。昔ながら変わらぬ懐かしい日本の面影や美しい大自然に囲まれ、長年取り掛かっている『東海道四谷怪談』のチェコ語訳や大好きな映画や本等の芸術の沼にどっぷり浸かって日々を送っています。

最後に、私がこれまで出逢った偉大でインスピレーションにあふれた素晴らしい諸先輩方との邂逅にこころより感謝申し上げます。

プロフィール

ペトル・ホリー(Petr Holý)

1972年プラハ郊外のドブジーシュ生まれ。1990年プラハ・カレル大学哲学部日本学科に入学し、1991年語学短期留学で初来日。93~94年早稲田大学、98年~2000年東京学芸大学大学院、2000年に早稲田大学大学院文学研究科に入学、歌舞伎を研究し、04~06年同大学第一文学部助手、06年同大学大学院博士課程を卒業。06年に、駐日チェコ共和国大使館一等書記官となり、同大使館内にチェコセンター東京を新たに開設、同時に所長に就任。ヤン・シュヴァンクマイエル監督の映画字幕作成や書籍翻訳、関連書籍の執筆をはじめ、チェコ文化を広く日本に紹介。13年にチェコセンター所長を満期退任。現在、歌舞伎研究の傍ら、未だ知られざるチェコ文化・芸術の紹介と普及を目的にした「チェコ蔵」を主宰。チェコ文化関連のイヴェントや講師・講演会など数多くこなし、公的な通訳・翻訳業にも携わる。都留文科大学・清泉女子大学の兼任講師(歌舞伎、ジャポニスム、チェコアニメーション史)を務める。

Official Website
https://chekogura.com/about.html

プロフィール写真
撮影:©︎宮地岩根