TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】きもち前へ
執筆:香本正樹
2026年2月10日
10年ほど前にオーストリアの宿泊先で出会ったDanke (独語でありがとう)とエンボスが入ったトイレットペーパー。何に対してDankeなんだろう、とぼんやり考えながらお尻を拭いた思い出と共に2ロールこっそり持ち帰り、いつか何かしらで使ってみたいと大事に取っておいたものです。
数年前、古物らのお店Goodsの方から刺繍のイメージをプリントした包装紙を作らないかというお話を頂いた時に、あのDanke を使って何かしたいとすぐにピンときました。包み紙にDankeと書いてあったら用途的にもしっくり、そして出所がトイレットペーパーであるという可笑い楽しさもあるのではと提案したら、それでいきましょう!ということに。最終的にはオランダのスーパーマーケットで手に入る他のブランドのエンボス柄もいくつか組み合わせ、刺繍を施しました。
トイレットペーパーの収集時にzacht en sterk (蘭語で柔らかく、そして強い)という言葉が謳い文句として多用されていることに気づきました。なんだか気に入いってしまい座右の銘にすることに。2023年に東京の書店Utrecht にて初めてさせていただいた展示のタイトルとしても使いました。
赤い刺繍の作品は展示の告知用のイメージとして制作したものです。
そうこうしているうちに段々とトイレにまつわる他の物事にも関心が向くようになり、トイレを意識的に観察するようになりました。国を超え共通する爽やかさの表現があったり、飛び散り問題に対する解決へのアプローチの違いに文化的背景が滲み出ているように感じられたり。
例えば、小便器にハエやゴルフのピンフラッグのシールが貼られていたり、ミニサッカーゴールが配置されているのをヨーロッパでよく目にします。
「狙い撃ち」したくなる本能的な心理に訴えかけるのが狙いだそうですが、実際に飛び散りが減少したとか。視線はシールへ向かい、照準を合わせて、ぴー。自然とそうなるから、まさに発案者の思う壺です。
一方日本でよく見かける飛び散り対策は、「もう一歩前へ」などの言葉を記した張り紙やシールじゃないでしょうか(とはいえ小便器に無縁の方には馴染みの無いものかもしれませんね)。言い回しなどに色々とバリエーションや個性が見受けられますが、総じて丁寧にお願いをしているという印象です。
きもち前へ
これはなんだか詩的な響きにも聞こえたりしませんか?
ついつい声に出して読み、ふと一歩前へ。
次のコラムではそんなトイレの観察をもとに製作した最近の刺繍作品について話してみようと思います。
プロフィール
香本正樹
こうもと・まさき|岡山県育ち。刺繍を中心に、編み物やその他の手芸技法を独学にて研鑽し、作品制作を行う。個人制作の他、コラボレーションやコミッションワークも行っている。最近の活動に、展示「1826」(ユトレヒト、東京)(OMA、福岡)、「One Step Forward, Thank you」(代官山蔦屋書店)、オランダのデザイン誌『MacGuffin』第15号 –The Stitch– への刺繍作品の寄稿などがある。
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