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プレッピーの歴史を巡る時間旅行。

What’s PREPPY?

2026年3月6日

supervision: Shuhei Toyama
illustration: Shigokun
text: POPEYE
edit: Koji Toyoda

そもそも “プレッピー”とはファッションの話にとどまらない。ハーバードやイェールなど、アイビーリーグ所属のアメリカ東海岸の名門大学を目指すプレパラトリースクール(略してプレップスクール)に通う学生、なかでも親も、そのまた親もアイビーリーガーという良家の子弟のライフスタイルや存在そのものがプレッピーと呼ばれる。加えて、大学に入ってからも、社会に出てからもプレッピーであり続ける人々の総称でもある。装いとしてのプレッピーを読み解くには、やはりアイビーを知ることが鍵となる。ここではポップで若々しいプレッピースタイルの起源や重要トピックスを年表形式で解説。監修はアイビーやプレッピーに精通する服飾評論家の遠山周平さん。アメリカ建国以前から始まる、プレッピーを巡る時間旅行に、さあ出掛けよう!

1620年
信仰の自由を求めたイギリスのピューリタン(清教徒)を含む102人が、メイフラワー号に乗ってアメリカに渡る。現在のマサチューセッツ州プリマスに上陸した彼らは、“ピルグリム・ファーザーズ”と呼ばれている。

1636年
イギリス植民地時代に、マサチューセッツ州ボストン近郊のケンブリッジに、ハーバード大学が創設される。イギリスの伝統校を手本にエリート教育が施される。

1776年   
イギリスとの戦争を経て、独立宣言が発布され、アメリカ合衆国が建国される。

アメリカ建国よりも前に、後のアイビーリーグの雄、ハーバード大学は存在していたのだ。アイビーリーグの卒業生を中心に東海岸に裕福な人々が生まれ、アメリカ初期のエリート層を形成する。子や孫もアイビーリーガーにすべく、プレップスクール(予備校)に通わせる。ピューリタン的思考の影響もあり、彼らはリッチでありながら、華美よりも“合理性”や“実用性”をこの上なく愛する。

1901年  
英国的クラシックへの一種のアンチテーゼとして、“新しいジャケット”が登場。

当時の感覚ではアバンギャルドなクラシックともいえる新型ジャケットは、「パッドが入っていないナチュラルショルダー」「シングルブレストの3つボタン段返り襟」「胴に絞りを入れない直線的なライン」「背中にセンターベント」などが特徴。伝統を保ちつつも抜け感や機能性を伴ったアイテムによって、アメリカの大陸的なスタイルが構築されていく。

1941〜45年
第2次世界大戦や太平洋戦争においてアイビーリーグ卒の戦死者も多く、戦後、エリート層の養成が急務となる。

代々のアイビーリーガーでない、すなわちプレップスクールを経ないアイビーリーガーが増加。プレップスクールの生徒や卒業生は幼い頃からアイビーやプレッピースタイルに触れていたが、そうでない学生のために“ドレスコード”や“ワードローブ”が明文化されることに。

1955年
IACD(国際衣服デザイナー協会)が、アイビーリーガーが好むスーツを“流行スタイル”として発表。アイビー&プレッピーな着こなしが一般化するきっかけとなる。

1976年
アメリカが建国200年を迎える。

1955〜75年、ベトナム戦争などの影響もあり、キャンパスにはヒッピースタイルの人が増えていく。終戦後、“バック・トゥ・キャンパス”的なムーブメントが生まれ、国の疲弊と建国200年を前にして、“アメリカ的精神”の見直しが起こるなか、アイビー&プレッピースタイルが再び注目される。人々の気持ちを反映してか、以前よりも鮮やかな色やポップな柄が加わる傾向が強まる。

1979年
『MEN’S CLUB』が「プレッピー・アイビー特集」を組む。

1980年
プレッピーをテーマにしたコレクションが発表される。同年、『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』がアメリカで上梓される。

プレッピーという言葉が世界的に注目されるきっかけとなったのが、ファッションブランドによるコレクション展開。若々しくポップなアイテムやコーディネートによってプレッピースタイルはより洗練され、大衆化していくことに。

もうひとつの大きな契機は『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』の発売。プレッピー的な趣味嗜好やライフスタイルを事細かに解説した一冊には、エリート層への憧憬とちょっとした皮肉、徹底した分析が貫かれている。実は、1979年に一度、出版社に持ち込まれたときは門前払いにあったのだが、’80年にプレッピーファッションが脚光を浴びたことが追い風となって世に送り出された(日本語版は’81年に発売)。「襟元が擦り切れたBDシャツを着る」などの具体例を通して、「合理的で実用性の高い品を大切に長く愛用する」というプレッピーの根幹が示されている。多少サイズが合っていないジャケットやコート、パンツであっても、プレッピーは気にせず、颯爽と着こなす。なぜなら、親から受け継いだ“ヘリテージ”をまとうことこそが最も大切な価値であるから。新興の金持ち(ニューマネー)がいくらお金を出しても買えないのが、“時間”であり“伝統”。これこそが“オールドマネー”の矜持である。

ファッションの花形としてのプレッピー、そしてライフスタイルとして受け継がれるプレッピー。前者の色合いを強めながら、日本でもプレッピーは広まっていく。

ちなみに、アメリカで『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』が発売される前年に、日本では『MEN’S CLUB』がプレッピーを特集。「新しいアイビーが誕生」という文言とともに、着こなしの技を細やかに解説している。

1985年 
〈トミー ヒルフィガー〉が誕生する。プレッピーにひねりや遊びを利かせた(ツイストさせた)スタイルやアイテムで人気を博す。

アイビースタイルをツイストさせたのがプレッピーとするならば、プレッピーをさらにポップに、チャーミングにツイストさせたのが〈トミー ヒルフィガー〉。刺激的なハングマン広告など、プロモーションにもツイストを加えて、プレッピーの先導者的なブランドとなる。

1994年
3月に放送された人気コメディバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で、スヌープ・ドッグが〈トミー ヒルフィガー〉のラガーシャツを着用。

2016年 
ブルーノ・マーズが〈トミー ヒルフィガー〉のカスタムオーダーの衣装で、『MTVヨーロッパミュージック・アワード』授賞式でライブパフォーマンスを行う。

ヒップホップを中心に、多くのミュージシャンが〈トミー ヒルフィガー〉を愛用。ブランドとアーティストが互いに刺激し合うことでプレッピースタイルの幅を大きく広げた。また、スポーツやアートなどの多様なカルチャーともリンクして、ブランド創設以降、心弾むプレッピーを更新し続けている。

2010年
『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』第2弾となる『トゥルー・プレップ』が出版される。著者は前作同様、リサ・バーンバック。

2026年
アメリカが建国250年を迎える。

スタイルとしてすっかり根付いたプレッピー。『トゥルー・プレップ』では、新しくプレッピーを体現するデザイナーやブランドも取り上げながら、変わらない価値観と変容するスタイルを紹介。

“2冊の教本”のみならず、プレッピー関連の書籍や雑誌は定期的に発売されているが、ここ数年はブームともいえる状況に。それには〈トミー ヒルフィガー〉を筆頭に、フレッシュで魅力的なプレッピーを提案するブランドの存在が与える影響が大きい。同時に、トランプ政権や世界情勢への不安などで、建国250年にして“アメリカ的価値”が揺れ動くなか、アイビーおよびプレッピーという“起点”に立ち返るムーブメントとも捉えられるだろう。着る者の心が華やぎ、その装いを目にする者もハッピーな気持ちを抱く。プレッピーは時代に求められているのだ。