トリップ
ゴールドラッシュをめぐる冒険 番外編 Vol.6
写真・文/石塚元太良
2025年12月26日
ゲルハルドは、週末にカタールから戻り、月曜の早朝からいつも通りに働いている。早朝にレジデンス棟から印刷機のあるオフィス棟へ出社して、「カタールはどうだった?」かと彼に聞くと一言だけ。「暑かった」と。
彼は、毎朝のように6時から黙々と、エンジン全開で働いている。もっと早い時間帯に来て働き始めているのだろう。まるでカタール出張などなかったようである。馬車馬のように働くという慣用句は、彼にこそ相応しい。
さあ、ゲルハルドよ。いよいよ僕の本の印刷の順番だぞ。週明けの月曜日の僕の方の鼻息は荒い。
けれど、印刷機の周りで印刷用の紙を準備している彼は、少しだけ申し訳なさそうに、「今日からまず、ロニー・ホーンの美術館のカタログの印刷をする」と僕に言う。
僕の「Alaska」と書かれた紙は、パレットごと傍に追いやられ、ロニーホーンの「Dream」とタグづけされた紙の塊に、印刷機の前の席を譲る。「Dream」「Roni・Horn」そんなタグが付けられた紙の塊は、どんな印刷がなされるのか。僕自身もだいぶ興味をそそられてしまう。
ロニー・ホーンの新作ビジュアルブックを一番に見ることができるというのもまた役得といえば、役得である。そしてその日一日中、ため息が出るほどに、美しいビジュアルを刷り続けていた。
これで最低2日間。僕の本のために用意された紙の塊は、印刷されずに待たされることになるが、この間の時間も無駄にすることは決して許されない。Steidl社に滞在できる時間がいかに大切か、8年も待たせれた僕が一番よく知っている。1日2日なんて、その歳月に比べたら、3000分の1にしか過ぎない。とにかく『Gold Rush』の2冊目の本の編集とデザインを進める。
1冊目のデザインは、ホルガー・フェロウジという若いデザイナーに担当してもらった。2冊目はホルガーの隣に座るグウェンダという女性のデザイナーが担当してくれることになった。ゲルハルド曰く、グウェンダもとても優秀なデザイナーであるとのこと。二人ともドイツ出身のデザイナーである。
彼らを含め5人のデザイナーがSteidlには常勤しているが、日本の感覚からすると、デザイナーの仕事がとても早くてびっくりする。会話を終えて「タイポグラフィー」と書かれた2階のデザインルームに戻っていったと思うと、もうできたものが送られてくるといった感じ。
アーティストの出版物から、シャネルやビルケンシュトックなどのカタログなどをこなす彼らは、10時に来て働き始め、みっちり1時間以上昼休みをとり、6時過ぎには必ず帰宅するが(全く残業など彼らはしない)驚くほどの生産性を持っている。
昼食に関しては、もう一つ特筆すべきことが、このSteidl社にはある。Steidl社にはこれまた常勤のアーティストのためにランチを作ってくれるクックがいるのだ。最上階のライブラリーには、キッチンが併設していて、そこで毎日本当に美味しいランチをサーブしてくれる。サラダとスープとパスタなどのメインディッシュ。量は、食後も仕事に集中できるような適度のサイズ。
これは、昼休みにアーティストに外でランチを食べに行かせると、長い間戻ってこなくて、印刷立ち合いの効率が悪くなるのを嫌い、いつからかゲルハルドが考案したシステムらしい。
アーティストレジデンスとこのアーティスト専属クックは、非常にヨーロッパっぽい仕組みだなと思う。そして、よりこちらとしてはその分だけ自分の「仕事」に全集中しなくはと感じるのだった。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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