トリップ
ゴールドラッシュをめぐる冒険 in New Zealand Vol.4
写真・文/石塚元太良
2024年6月4日
天候は朝から大雨で、クイーンズタウンの街で最後に見た予報通り。シェルジャケットを着込んでも、用を足しに外に出るだけでびしょびしょになるほどの雨量である。昨日たどり着いたメイスタウンのキャンプ場で夜中に雨音を聞き、テントの上に更にタープをかぶせ、寝床が濡れないように補強した。
若い頃は、じっとしていられずに雨に濡れてもいいから、テントに籠るよりはと行動していた。全身どころか、撮影機材を含む全装備がびしょびしょになってしまい、後で後悔することしきり。こんな時は昨日まで酷使した体を休めて、本を読むべし。こんな時間もまた、旅のご褒美のような時間なのだ。
携帯も圏外。もちろん友人も不在。僕はテントに閉じ込められて、ドラムのように打つ雨音をBGMにただただ、本を読む。読むのに飽きると、20年以上のバックパック人生の中で編み出した極小テントでできる30分のヨガメソッドをおこなって、意識を活性化させてまた本の世界に戻っていく。時刻はまだ朝の9時である。
持参した本は、ジョージ・ダイソンの新刊『アナロジア』。かつてアラスカの氷河の海をシーカヤックで旅していたジョージダイソンは、前作『チューリングの大聖堂』(2013年刊)で華麗に科学史家に転身した。
このデジタル世界に覆われた21世紀。その発明の始源をチューリングに見て、現代までのその科学的道程を丁寧に読み解いた作品だった。
前作も読み応えがあったが、新刊は副題に「AIの次に来るもの」とあるように、この我々のデジタル技術がどこに向かうのか。その予見をツリーハウスで10年以上住んでいたジョージ・ダイソンならでは語り口で読み解かれていく。
昼の時間にはシェルジャケットを着込み、木陰でパスタを茹でる。山の中のキャンプでは食事は極めて質素だ。僕の場合特に機材が嵩張るので、多くの食料を運べない。だいたい昼には乾麺を。エンジェルヘアーという茹で時間の短いスパゲッティをイワシの缶詰に絡めるだけ。でもこれが美味しい。
夜には2合の米を炊いて、味噌汁と食べる。おかずはあったりなかったり。ご飯を余らせて朝のためのおにぎりを作る。おにぎりには日本から持参した梅干しを一粒。こんな簡単な食事を淡々と繰り返していく。
日の暮れる夕刻にキャンプ場に、びしょ濡れの状態で、山の方角からバックパッカーのおじさんが一人やってきた。彼の張った美しいウルトラライトのテントを眺めていると、「君もテアラロアを歩いているのかい?」と話かけられる。テアラロアの意味がわからないと答えると、なんでもそれはニュージーランドの北から南までの全土を徒歩で走破する人たちやそのトレイルのことらしい。彼はなんと2ヶ月近くかけて、ニュージーランドの北端から歩いてきたらしい。唖然。
これからニュージーランドの南端までの3000キロ近くを走破しようとしているとのこと。旅の中ではこんな猛者と時々出会う。そのエネルギーに触れて、いつも背中を押されてきたような気がする。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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