カルチャー

三宅唱のPOP-EYE CINEMA/『旅と日々』

第129回

2025年11月14日

text: Sho Miyake
2025年12月 944号初出

『旅と日々』

 たびたび自分の言葉に辟易する。これなら伝わるであろう範囲の言葉や内容をついつい選んでいる。シンプルな言葉を使うことを心がけているが、型に嵌まってしまうこともある。安易なウケにもよく走ってしまう。今回どこかの取材で、うっかり映画と旅は似ていると言い、自分で引っかかりながらもそのままにしてしまった。全然似ていないというか、映画はある面では実際の旅行に敵うはずがないのに。ロカルノの壇上でもうっかり「今の時代に映画にできることは何か考えた」と言ってしまった。「映画にできないこと」や「実際の旅行ではできないこと」を考えながらこの映画を作ったのに。「映画への愛」というのもつい口にしてしまった。愛なんて単語を使わずに愛について表現できればよかったのに、失敗した。ちなみに映画祭ディレクターは「隣の人を見てください。人間です」というようなスピーチをし、映画祭総括映像ではその言葉と『旅と日々』のとある場面が重ねられていた。言葉で四苦八苦するのは、そもそも他人をそこまで信用していないせいだろうか。他人はこわい。自分がこわい存在になるのもこわい。他人をこわがらずに生きていくことは難しいが、かといって、他人をこわがったままで幸せに生きていけるとも思えない。どうせ他人はいる、しかも全員違う。あたりまえのことだ。この映画の登場人物たちは、いったん他人や自分からも逃れようとして旅行に出る。これはその意味で別れの映画だ。別れる時にはじめて、ようやく、それがどういう出会いだったのかと知る気もするし。
 ということで、毎日の面倒くささや自分の頭の中の面倒くささ、反省や後悔などといったんさよならをして、それで映画館に行ったとき、どんな映画を見たいか? 
 ざわざわドキドキとして、笑えて、うっかりグッときたりして、最後にはなぜかすごくスッキリした気持ちになって、今すぐもう一度見たくなる映画。疲れた日や週末に映画館で、こんな映画が見れたらけっこう面白いんじゃないかという思いで作りましたので、良き時ぜひ映画館でご覧ください。

© 2025『旅と日々』製作委員会

当連載の筆者、三宅唱監督最新作。脚本家の李(=シム・ウンギョン)はフィルムカメラを携えて、雪の降る町へ無計画の旅に出る。原作はつげ義春の短編漫画「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」。TOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿他全国で公開中。

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三宅唱

みやけ・しょう|映画監督。近作に『ケイコ 目を澄ませて』『夜明けのすべて』など。最新作『旅と日々』が11月7日より全国公開中。