ライフスタイル

導かれるように巡り合った、自然の中に佇む工場跡。 変わりゆく景色を眺め、ワインと向き合い暮らす。

ヤマスソクラシウラヤマシ Vol.2 /福永淳平

photo: Koh Akazawa
lettering: Daijiro Ohara
text: Fuya Uto

2025年3月20日

山で暮らしてみたい。朝はむせるくらい思いっきり綺麗な空気を吸いたいし、焚き火を眺める夜を過ごしてみたい。でも、カフェでお茶するのも、古着屋やインテリアショップで買い物するのも同じくらい好きだから、街でも遊びたい。というわけで、そんな都市と自然の両方をバランスよく楽しむ暮らしを“ヤマスソクラシ”と定義して、全国津々浦々のお家を訪ねてみた。モダンな感覚を持ちながら、街へのアクセスが比較的よい場所で自然とともに暮らす、そんな人々。自分なりの工夫で住まいをつくることは、誰にでもできる人生最大の表現。そんな暮らしに憧れる。

 播州平野ののどかな田園風景に囲まれた丘に立つ、スレート材の建物。そこで焚き火をしているのは、ワイン生産者の福永淳平さんだ。

四方を田園風景に囲まれた眺望の良いテラスは、涼しいとハンモックで寝たり、冬は焚き火やBBQをする心休まる場所。畑作業が終わった日没後に、暖をとりながらワインと共に語らう時間は至福。「火や星空を眺めながら飲むと、人や自然とより深く繋がり合えます」

 その立地もさることながら、驚くのは外観と中身のギャップ。扉を開けて一歩足を踏み入れると、町工場風の見た目から想像できないレストランのようなモダンな空間が。畑の土を混ぜ込んだ左官仕上げの壁を背に、職人がオリジナルで配合した素材のダイニングテーブルやヴィンテージの家具が並び、併設の醸造所とリビングを仕切るガラス窓からは、ワインタンクが覗いている。かと思えば、反対側の大きな窓からは、田園風景が目に飛び込んでくるじゃないか。生活空間と仕事場と外がシームレスに調和し、美意識が行き届いた空間はジョージア・オキーフの家のよう。淳平さん曰く、どうやらそれも倉庫ゆえの“懐の深さ”らしい。

左官で壁を仕上げたメインルーム。ダイニングテーブルとキッチンカウンターは空間に合わせて製作。溶岩の隙間から電球が覗く洞窟のようなライトとラタンの椅子は福岡の『ライトイヤーズ』で購入。ゲストルームに続くハシゴは近所の八王子神社の境内に工房を構える〈雲潤家具製作所〉の謹製。

大きく開口された窓から覗く借景は格別。フランス製の古いラタンチェアと共に置かれた〈セオドア・アレキサンダー〉のカフェテーブルは、訪れた人にゆっくり景色を楽しんでもらえるように選んだ。

ワインの醸造に使用するグラスファイバーのタンクは日本で扱いがないため、自ら輸入した。理想の味わいを求めて仕事で扱うものも大切に選んでいるそう。

入り口を入ってすぐ右手にある棚は、壁と一体化することで有機的なニュアンスに。

「鉄骨で耐用年数も長く、柱もないので、中身を自由に設計できたんです。自分たちのための場所というよりかは、訪れた人がワインを通して繋がり合えるような空間にしたかったので、大きな窓ガラスを設けて、それぞれの境界を曖昧にしたんです」

 そんなピースフルなマインドの淳平さんは、24歳まで関西を代表するファッション雑誌『カジカジ』の編集者として働いていた経歴を持ち、DJとしても活躍している。いわば街の先輩的存在だけど、どうしてワイン農家への道を選んだのだろう?

「3・11の影響で自分の生き方を模索していた頃に、自然派ワインの父といわれるマルセル・ラピエールの一本と出合ったことがきっかけです。舌先ではなく細胞に染み込んでいくような優しさを感じて、眠っていたDNAが完全に呼び覚まされた感覚がありました」

昨年10月頃にワイン発祥の地・ジョージアへ突撃出張をした淳平さん。帰国してすぐ取材に応じてくれた。

リビングのDJブース。この日の選曲はGia Margaretの『Romantic Piano』。「音楽とワインは生きていく上で人々の暮らしをより豊かにするもの」とのことで、DJやオーガナイザーとしても活躍の場を広げている。

そよ風に揺られる姿が印象的だった、仲宗根知子さんが制作するヒンメリ(北欧の藁製モビール)。

 国内のワイン生産者を訪ね歩く日々を経て、“導かれるように”この地で就農したのは2014年のことだ。

「現実はそううまくはいかず、半ば諦めて地元の姫路に帰ってきたところ、たまたま隣町が『マスカットベリーA』というワインに適した品種の産地だったんです。当時は食用としてのみ流通していたので前例はなかったのですが、この土地でしかできないことをしてみたかったんです」

 灯台下暗しとはまさにこのこと。それから時を経て2021年、ついにワイナリーを作るべく、畑のそばの工場跡地を手に入れ、地元の内装業者〈lyhty〉とともにリノベしたのが今の空間だ。

居住空間の隣にある広々とした醸造所。奥で目を引く素焼きの壺「アンフォラ」は、ワインを醸造するための伝統的な容器で、イタリアの職人に作ってもらった特注品。

テイスティングも日々欠かせない仕事。月の満ち欠けも取り入れながら状態を見極めている。

ワイン造りがはじまった頃から向き合い続けている品種のマスカットベリーAで造った一本。花びらのようなラベルはグラフィックデザイナーのQOTAROOの作品が使用されている。

その年で最良のぶどうで仕込み、アンフォラで発酵〜長期熟成した「terra」。より深い味わいを目指した特別なキュベで、これもまた最高に美味しい。

 大きく開口された窓の向こうでは「365日、ブライアン・イーノの展示を見ている気分」と言うように、ゆっくりと不規則に景観が移り変わっていく。天然の芸術に日々触れながら、実直にぶどうと向き合い、理想のワインを目指す。そんなふうに自然の流れに耳を傾けられる日常こそ、街では叶わないよろこびであり、特権なのだろう。

元々はシャッターだった開口部を木の扉に。外観からは醸造所のイメージが湧かないが、アンフォラと共にワイナリーとしての雰囲気を醸し出している。ここから全国の飲み手に手間暇かけて造られたワインが送り出されるのだ。

プロフィール

福永淳平

ふくなが・じゅんぺい|1983年、兵庫県生まれ。2014年からぶどう畑をスタートし、2021年にワイナリー『Botanical Life』を設立。ぶどうと野生酵母のみでワイン造りを行う。

Official Website
https://botanical-life.co.jp/

Instagram
https://www.instagram.com/jp_botanicallife/

家のこと

Area

兵庫県南部、播州平野の農村地帯に位置する。意外と交通の便は良く、車で1時間と少し走れば大阪、京都、神戸の街にも出られる。


Space

1LDK


Money

非公開


How to live

播州とも呼ばれるこの地は、古くからのぶどうの産地。付近で畑を借りつつ、ワイナリーを設立するために地主と交渉。結果、応援してくれることになり、2021年に小さな町工場だった建物を引き継いだ。