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まぁ明日でいいかの墓場で眠るゾンビたち/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.18

2025年3月30日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

休日。今日は仕事もなければ誰かと会う約束もない。出向かなくてはならない場所も予定も、なにもない。こんなからっぽな日はいつぶりだろうか。にぎやかな雑踏をすり抜けた先に、だだっ広い高原をうっかり見つけたような、なんとも言い難い喜びがちいさく胸にこみ上げてくる。

見かけによらずアクティブなわたしは、これまで休日であっても必ず外へと飛び出し、あれこれと動き回っていた。とにかく時間をムダにしたくない主義で、ひとつでも多くのときめきに出会わなくては!と映画のリバイバル上映やら展示やら友人との時間に休日を溶かしてきた。

だが今日ばかりは。今日ばかりは一歩も玄関から出てやるものか。外へ外へと繰り出し、スニーカーをボロボロに潰してゆくような日々は刺激的ではあるが、やるべき肝心なことをついつい忘れてしまいがちだ。ふと立ち止まって考えてみると、部屋は本やら資料やらで散乱、お風呂の大掃除も年末にサボったままで、あの人に出すつもりだった手紙も1行も書いてない。せわしない日々の中で“まあ明日でいいか“の墓場で眠り続けていたタスクのゾンビたちがウヨウヨとわたしに迫ってきて、思わず叫び声をあげそうになる。

いますぐにでもゾンビたち撃退ダッ!と奮起しカッコよく袖をまくってみたものの、ふと時計を見ると、現時点でもう15:32。朝目覚めた時は、午前中には部屋の片付けを終わらせると心に誓っていたはずなのに……。じぶんという人間の自堕落さに心からウンザリする。YouTube の「現実を生きるリカちゃん」に夢中になっている場合ではない。このままじゃ日も心も暮れちまうぞ!
即座にスマホを1番離れたお風呂場に置き、紙とペンを持ってテーブルの前に正座する。

“タスクのゾンビ撃退day“
と大きめにマジックペンで題し、後回しにしてきたありとあらゆることを書き殴ってゆく。その数のおびただしいことよ。あっという間に正方形のメモ用紙はパンパンになってしまった。いやいや、こんなに大量のタスクゾンビたちと戦えるわけがない。

わたしはもう一枚紙を用意し、
“タスクのゾンビ撃退day(今日が地球最後の日!!!)“
と記しなおす。25歳にしてこんなことを書いていていいのだろうか。小学生もびっくりなワーディングに我ながら顔がひきつるが、こんなことでもしないと自堕落なわたしは今日中になにも成し遂げることはできないだろう。もうこれ以上、まぁ明日でいいかの墓場でゾンビたちを眠らせるわけにはいかない。
先ほどのメモから優先的なものを5、6個取り出し、上から順に並べた。よしよし、これなら現実的であろう。ここに記したことだけは全て完璧にこなし、今日という日を生き切るのだ!と鼻息を荒くする。

まずは片付け。愉快にレコードを鳴らしながら、溜まっていた洗濯物を畳み、溢れる本やぬいぐるみたちを美しく並べ、風呂場を磨き、掃除機をかける。粛々と動き続けること2時間。気づいた頃にはとてつもなく清々しい光景がわたしの目の前に広がっていた。うわわ、この部屋、こんなに広かったっけか……。

見返りばかり求めてしまうのが人間の性だが、片付けほど、やればやった分だけその成果が目に見えて分かるものはないだろう。クローゼットの奥や食品庫までは行き届かなかったものの、これでしばらくは快適に暮らすことができそうだ。部屋はこころの鏡。清くうつくしくいこうぜ。箇条書きの1番うえの“片付け“ゾンビをやっつけた。

その後も驚異の集中力でゾンビたちを撃退してゆく。あれやらなきゃ、これやらなきゃと追われる日々であっても、きちんと今なにをすべきかを自分に問いかけながら、確かめながら着実に歩み進めればなにも怖くないのだ。人生はきっと、そんなことの繰り返しだ。

そして驚くべきことに、目の前のことにフォーカスしてサクサクと動いてゆく時間に、雑念というものがひとつも生まれないのだ。ゾンビたちをひとつひとつ撃退してゆくうちに、わたしの心にはまぶしいほどの光がさしていた。

あっという間に日は暮れ、最後の“家にあるもので美味しくご飯を食べること“もクリア。達成感でいっぱいになったわたしは、箇条書きのメモをぐしゃりと丸め、しわしわになったゾンビたちをまとめてゴミ箱に捨てた。

勝ちだ。なんたる清々しさ。わたしだってやればできるのだ。自分で決めたことを自分できちんとこなす、それだけでじゅうぶんじゃないか。そして一歩も家から出なくても、誰とも会わなくとも、こんなにも満ち満ちた心で1日を終えることができるのだ。脱・アクティブ宣言は到底できないが、こんなふうに立ち止まって、ひとりで粛々と物事を進めてゆく1日も必要だ。

まだまだ、まぁ明日でいいかの墓場で眠るゾンビたちは数多いる。それらに立ち向かうのは勇気がいるが、受けて立とうじゃないか。『スリラー』をゾンビたちと軽快に踊るマイケルジャクソンのように、わたしは勇ましい顔つきになっていた。

ひとこと
さいきん、麻辣湯(マーラータン)にハマっています。中国の四川で生まれた料理で、火鍋のような辛いスープと春雨などの具材を煮込んだもの。なんだかとても中毒性があって、ふとした時にマーラータン!と恋のように思い出してしまうのです。おすすめがあったらおしえて〜。

上白石的テーマソング:マイケル・ジャクソン「スリラー」

プロフィール

まぁ明日でいいかの墓場で眠るゾンビたち/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。映画『366日』が大ヒット公開中。 映画『パリピ孔明 THE MOVIE』が4月25日に全国公開。adieu名義で歌手活動も行う。

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