カルチャー

小さな店のはじめ方。Vol.10

編集者、タコス屋になる。

2023年11月18日

photo & text: Taichi Abe
cover design: Bob Foundation

だいぶ間が空いてしまった。春が過ぎ、夏も越え、秋から冬になろうとしている今、連載の10回目を寄稿する。まずは遅筆を詫びつつ(ホントにごめんなさい!)、冬支度をしながら春まで時を遡ろうと思う。

マガジンハウスを退社したのが、2022年の4月。もう少しで1年が経とうとする頃、新しい〈みよし屋〉はできあがりつつあった。自宅のリノベーションなら、竣工したらそのまま引き渡しになるのだけど、飲食店の場合はそうはいかない。保健所のチェックをクリアしないと営業許可が下りないのだ。シンクの数、天井の設え、食器棚のあり方、洗剤など備品の置き場所の想定……僕の店がある品川区の規定をすべてクリアする必要がある。気のせいか、若干緊張した面持ちの設計士と施工業社スタッフの立ち会いのもと、検査官の来場を待ち、チェックポイントに帯同し質問に答えながら、検査を進めていく。設計図面が引けた時点で一度保健所には確認はしてもらっているものの、実際の現場を見て「NG!」と言われてしまった箇所は修正しなくてはいけないから大変だ。スタートから1年もの時間が経ってしまっている今、これ以上はオープンを先送りにはしたくない。ただでさえ、「お前、タコス屋やるやる詐欺だろ」と言われて久しいのだ。祈る気持ちで過ごすこと、時間にしておよそ20分。あっさりと全項目をクリアして、晴れて営業許可はおりた。拍子抜けとはこのことだ。とにかく、これで〈みよし屋〉は飲食店としてスタートすることができる。

キッチン
キッチンからみた店内。すべて新品で揃えたのですべてがきっちり収まっている。

保健所のチェックと同時に、新米飲食店オーナーが心配していることがあった。それは、スタッフの確保。店のあれこれを進めながら、飲食業界のセンパイたちと酒を飲みながら話していると必ず耳にするフレーズがあった。「いま、飲食業界は人手不足だよ」のセリフ。コロナウィルスの蔓延で、多くの飲食店は閉店を余儀なくされたわけだけど、先が見えない“職場”には早々に見切りをつけて、人材が別業界に移ってしまったから、バイトを募集してもなかなか集まらない。センパイたちが話すロジックは概ねそんな感じだった。立派な店ができたとしても、人がいなければ何もできない。求人情報誌や求人サイトに広告が出すのが容易に想像できる方法だが、その前にひとつ試してみたい手があった。今や多くの飲食店がトライする、SNSを使った求人だ。決してフォロワーは多くはなかったものの、インスタグラムを通じて、彼ら彼女らに情報を発信することにした。やり方はシンプルだ。料理まわりを担当してくれているand recipeの山田英季さんと僕がトークイベントをする。その会場に来られる人には、店で出そうと思っているタコスを食べてもらいながら、来られない人にはインスタライブでトークの模様を観てもらった。まだ何も始まっていない〈みよし屋〉において、「何をやりたいか」をしっかり理解してもらうことが、よいスタッフを集める最善の方法だと考えたからだ。

インスタライブの収録風景
and recipeのアトリエ内で開催したインスタライブの収録風景。タコスを食べながら聞いてもらった。

何も始まっていない飲食店の店主のインスタライブに集まってくれた人は、男女含めて全部で4名。どんなテンションで接していいのか分からない店主は、どきまぎと参加者を席へ案内し、無駄に飲み物を勧めたりした。時間にして1時間ほど、僕も一緒に飲みながら、目の前の4名と顔が見えないフォロワーたちに言葉を投げかけた。インスタライブが終わった後には、参加者たちと飲みながら歓談した。また別の日には、できあがったばかりの店前にポスターを貼り、地元の人たちにも求人のお知らせをする。最終的にオープン前に集まったスタッフは、全部で6名。上々だ。

『みよし屋』スタッフ
スタッフとの最初のミーティング。山田さん以外、全員が初見。コミュニケーションの取り方も探り探り。

4月10日。すべては整い、〈みよし屋〉は晴れて引き渡しとなる。スタッフも揃い、オープン日に向けて、トレーニングを行うことに突入する。記念すべき開店日は日取りも良い5月10日に決めた。既にすべては始まっているが、スマホのスケジュール帳に「グランドオープン日」と入れて改めて強く思う。いよいよスタートだ。

『みよし屋』スタッフ
ぴかぴかのキッチンで、山田さん主導のもと、トレーニングがスタートした。

プロフィール

阿部太一

阿部太一

あべ・たいち | 1979年、香川県小豆島に生まれて東京で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。anan、BRUTUS、Hanakoの3部署で編集者として活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとしてエディターを続けながら、タコス屋をオープンさせる。

Instagram
https://www.instagram.com/tacoshop_miyoshiya/