カルチャー

小さな店のはじめ方。 Vol.2

編集者、タコス屋になる。

2022年7月15日

photo & text: Taichi Abe
cover design: Bob Foundation

 ストリートフードと呼ばれる食べものを扱う店が好きだ。それもなるべくオーナーやスタッフの個性が溢れ出ている小さな店。店ごとの世界観とルールはあるけれど、敷居が低くて、訪れる客も働くスタッフもどこかフラットに楽しく繋がる場所。キッズからお年寄りまで混在していれば、なおいい。人が集まる場所をつくりたい、と考えたときに「集まるスタイル/集めるスタイル」としてタコス屋がイメージにぴったりだった。タコス屋にも色々ある。これまでにも海外取材や映画で、地域と絶妙に繋がったカジュアルな店舗や屋台に多くの人たちが集まるシーンをみてきた。高級料理店というよりも、そんな「ストリート」な印象の場所で、国籍、性別、年齢、肩書き……さまざまな属性を持ったすべての人たちが同じように大きく口を開けてタコスを迎えに行く光景が大好きだ。そして、僕の街にはハンバーガー店はあるけど、イメージしているようなタコスショップがない。住み慣れた街に少しでも新しいカルチャーの風を吹かせたかった。

大きく口を開けてタコスを迎えに行く光景
タコスがあることを『タコスのすべて』は教えてくれる。だから、ホントは「すべて」なんて把握し切れない。そんな多様性も好きだ。

 僕の「好きなスタイル」を端緒に、タコス屋を始めることが正しいのか答え合わせをすることにした。いや、まだ何も始まってもいないから、僕のイメージを実行に移して店を続けることができそうか、そのヒントを集めることにした。僕は編集者だ。「現場」の声が一番フレッシュで正しいことを知っている。ひとまずは飲食の現場で働く友人たちに連絡をとった。ただ、丸腰で会うのも突っ込んだ話ができなくてもったいないから、僕ができる範囲で本や雑誌、ウェブ記事を読んだり、オンラインのセミナーを受けて飲食店に関する知識を集めた。そのうえで「取材」をしてみて、改めて自分で考えてみる。これからの「飲食店」のかたちについて、僕を含めたスタッフが楽しく働ける現場について、「飲食業」を越えた商売について……「これから」を考えると、クイックに提供できてテイクアウトやデリバリーにもしっかり対応できることもとても大事。本当は両親が手がけていた蕎麦屋を引き継ぐことがロマンチックでベストだけど、そのスタイルや業態などを総合的に考えると、僕の「好き」に端を発するタコス屋のほうが良さそうだ。

雑誌
目下、僕の愛読雑誌は『月刊食堂』。ちなみに、編集長の通山茂之さんのトークは面白く、オンラインセミナーも数回受講した。いくつになっても学ぶ姿勢は大事だ。

「好き」だけで商売は始められない。「取材」を始めるのと同じ時期に、何はともあれ飲食店をスタートさせるための資格をとることにした。「食品衛生責任者」と「防火管理者」の資格だ。前者はエリアによって異なるが、僕が店を構える東京都なら一般社団法人東京都食品衛生協会で資格取得のための講習会に参加申し込みをする。後者は、店の規模によっては不要な場合もあるが、店のレイアウトも決まっていなかったので、念のため「乙種」の資格を取得することにした。申し込みのため、近くの消防署に足を運んだことを記憶している。いずれも1日の講習会を受講することで資格が取得できた(より大規模な飲食店を運営するための「甲種防火管理者」の場合は2日間)。今後まだ取得したい免許はあるけれども、とりあえずは開店するための資格はとれた。

「食品衛生責任者」と「防火防災管理者」の免許。
「食品衛生責任者」と「防火防災管理者」の免許。ほぼ1日がかりの講習を1回受講すれば取得することができる。

 両親の生前、蕎麦屋を手伝ってわかっていることがある。街の蕎麦屋であれ、何気ない「1杯」の裏側にはプロフェッショナルな仕事が存在していること。家で蕎麦を食べようと思ったら、市販の麺を茹でて、おつゆを好みの濃さで作ればいいけど、蕎麦屋としてお金をいただく「1杯」には、麺やおつゆを作るためにたくさんの手間とアイデアが必要だ。タコスだって、きっと同じ。これまでの20年間を編集者として過ごしてきた僕には、その基礎がない。イメージする雰囲気や味はあるけれど、それを実現させるためのテクニックだったり、ビジネスとして成立させるための知識と経験がない。僕は、飲食業ルーキーの、編集者だ。

ざるそば
2017年、両親が店を閉める最後の日に食べたざるそば。この1枚にもたくさんの工夫とアイデアが詰まっている。僕は実家で親がつくる「店屋物」に育てられた。
蕎麦屋のカレー
密かに人気だった蕎麦屋のカレー。こちらも最終日に。この日は食べられるだけ食べた記憶がある。両親はルーの下にこっそりとカツを忍ばせた。

 飲食業を「マニュアル」通りにゼロから立ち上げようと思うと、きっと僕はくじけてしまう。完成したとしてもクオリティの高さは望めない。そう思ったから、僕は店を「編集」することにした。雑誌と店舗という違いはあるけれど、その「容れ物」に何を入れるか、どのような人にコミットしてもらうか、結果どのような魅力的なアウトプットにするか、それを考えるのは同じ「編集」だ。これまでやってきたことと大きく変わりがない。だから、僕は雑誌のつくるために声をかけるのと同じように、センスとアイデアを持ったプロフェッショナルたちに連絡をとることにした。anan、BRUTUS、Hanakoの次に編集するのは、『みよし屋』だ。

プロフィール

阿部太一

あべ・たいち | 1979年、香川県小豆島に生まれて東京で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。anan、BRUTUS、Hanakoの3部署で編集者として活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとしてエディターを続けながら、2022年末のタコス屋オープンに向けて準備中。店の完成を待たずに8月19日(金)〜21日(日)、『神田ポートビル』にてポップアップ出店が決定! ※詳細は次回以降でお伝えします。

Instagram
https://www.instagram.com/tacoshop_miyoshiya/

神田ポートビル
https://www.kandaport.jp/