カルチャー

小さな店のはじめ方。Vol.5

編集者、タコス屋になる。

2022年9月3日

photo & text: Taichi Abe
cover design: Bob Foundation

 壊れて初めてわかることがある。人間関係ではなくて、内装の話。アスベスト問題をクリアして、天井や壁を崩してみると、排水口の場所が判明したり、曲がりくねった配管が出てきたり。建物全体を支える役割を持つ「耐力壁/構造壁」だとわかったら、その部分は壊すことができない“制約”になったりもする。「スケルトンにしてリノベーションする」といっても、完全に自由なわけではない。ある程度の制約がある中で、新しい場所をつくりだすのだ。

みよし屋
解体してみると、さまざまな発見がある。客席と厨房がひと続きになると広く感じるから不思議だ。

 当初の計画通り、小上がりを取り除いて、客席と厨房を区切る垂れ壁を崩し、床を剥がして、あっという間に僕が知らない空間ができあがった。新しい風景の中に身を置いて、しばらく感傷的にもなったりしたけれど、一方で「もう後戻りはできない」状況にふつふつと気持ちが盛り上がるのを感じた。ひと段落した後で、料理を担当してもらう『and recipe』の山田英季さんとコミュニーションをとったり、飲食店に関するセミナーに出たり、デスクに散乱する雑誌を読んで、「やってみたいこと」であり「やるべきこと」がみえてきた。もっと「壁」をなくしたい。しつこいけれど、人間関係ではなくて、これは内装の話だ。両親が営んでいた蕎麦屋は、基本的には通りからでは店内が見えない。ゆっくりと食事を楽しんでもらうための配慮の結果だと思うが、時代は変わった。店内の様子や雰囲気がわからないと、人はなかなか「新しい店」には入りづらいと思うのだ。「通りがかった人が感じる印象として、外観のガラス面積はカジュアル度合いと比例する」とは何かのセミナーで聞いた話だけど、なるほどそれも頷ける。僕が扱うのはストリートフードの代名詞、タコス。それも高級志向ではなく、日常的でフレンドリーなテイストを目指したい。僕が生まれ育った街に開けた店にしたいんだ。

壁
壊したい壁。客席の小上がりがあった場所でもある。開口部は、すりガラスが入った小さな窓のみ。

 そこで、『スタジオA建築設計事務所』の「カントク」こと内山章さんに、内と外を緩やかに繋げるべく追加で壁の取り壊しをお願いした。ついでに、キッチンのスペースを広げるために「風呂場」の壁も壊してもらう。元々、祖父母が店の奥に住んでいたから風呂場があるわけだけど、僕はここに住むわけじゃないし、店の隣は銭湯だ。タコスを包み疲れたときは、隣に汗を流しに行けばいい。かくして、追加で壁は取り壊されることになった。暑い夏の日、差し入れに冷たい飲み物を持って解体の現場に向かうと、大汗をかきながらドリルやハンマーで壁を壊すふたりの外国人の姿があった。その手際の良さを眺めながら、折をみて飲み物を渡すと「ありがとう」と丁度いいくらいの笑顔を返された。休憩に入り、忽然と姿を消すひとりのスタッフ。一服でもしに行ったのかと思っていると、近くのコンビニで買った3つのアイスを袋に入れて、満面の笑みで帰ってくる。僕もおそらく丁度いいくらいの笑顔で「ありがとう」と受け取り、3人でアイスを食べながら、仕事のことや、祖国であるイランや家族のこと、昔やっていたというレスリングのことを話した。冷房のない、ほこりが舞う解体現場で、最後は溶けてしまった甘いレモンシャーベットを飲み干したときのことを、僕はきっと忘れない。異国から来た優しいふたりが開けてくれた壁の穴から、見慣れた景色を見慣れない角度から眺めていると、ふんわりと満ち足りた気分になった。きっと、一時的にでも壁がなくなったからだと思う。ここだけは内装ではなくて、人と人の気持ちの話。『みよし屋』がこんな場所になればいい。

轟音を立てながら壁を壊していく。けれども、縁の部分は手作業で繊細に取り除く。まさに職人芸。なかなか大変な仕事。
数時間の作業でぽっかりと開いた。暗かった店内に光が差し込み、夏の風が吹き込んだ。
店の横にある通用口からの1枚。この開口部をどのようにしていくか、「カントク」とのセッションが始まる。
店の中から開口部の見ると、学生のカップルがこちらをちらちら見ながら店前を通る。ハロー、開店したら遊びに来てね。

 雑誌を編集していると、読者の顔は見えづらい。もちろん、書店で立ち読みをする人たちの表情を見られたり、友人たちから感想を聞いたりすることはあるけれど、それほど頻度は高くない。過日の『神田ポートビル』でのこと。前回お知らせした通り、タコスを扱う『みよし屋』として初の稼働となるポップアップイベントが行われ、『DAYS.』の西尾健史さんにデザインしてもらったモバイル屋台の中でトルティーヤを焼きながら、大きな口でタコスを迎える人たちの姿を見ていると、これまた満ち足りた気分になった。編集人生では味わえなかった体験だ。もちろん、最初のイベントなので知り合いが数多く足を運んでくれたこともあるけれど、「おいしかった」という声を聞けるのは嬉しいものだ。この連載を見て来場してくれたという人や、SNSで気になって来てみたという人もいた。タコスをきっかけにして繋がる縁を目の当たりにして、決して大げさではなく、みんなにビッグハグをしたい気分でいっぱい! 当日はデンマークのクラフトビールブランド『Mikkeller』が出店してくれたことも手伝って、外国人の来場者も多く、本場のタコスを知る人たちがどう反応するか気になり横目で見ていたが、ひとりでカルニータス(豚肉)を8ピースも食べてくれたアメリカ人の姿を見てひと安心する一幕も。11kg分のカルニータスをはじめ、ベジタブル、サーモンの3種類のタコスのために仕込んだ具材が3日間でちょうどなくなったことは、僕たちにはこの上なくハッピーなビッグニュースだ。

カルニータスみよし屋
たっぷり仕込んだカルニータス。『and recipe』のアトリエにて、前日から仕込みの作業を行なった。
みよし屋カルニータス
およそ11kgの分量がソールドアウト。3日間あったとはいえ、まだ何もない『みよし屋』としてはよい滑り出し。

 何度も訊かれた「いつ頃、お店はオープンするんですか?」への質問に「年末ですねぇ」なんて答えていたけれど、気づけばカレンダーには9月の文字。あとひと月くらいしたら「年末」と言ってもいい時期が到来するではないか。スタッフィング(ご興味ある方、ご連絡を!)に、料理のプレゼンテーションの仕方の検討したり、いやいやその前に店の施工! 今年の秋は、運動でも食欲でもなく、「店づくりの秋」になりそうだ。

集合写真
モバイル屋台を前に、今回のイベントにご参加いただいた皆さんと。

プロフィール

阿部太一

あべ・たいち | 1979年、香川県小豆島に生まれて東京で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。anan、BRUTUS、Hanakoの3部署で編集者として活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとしてエディターを続けながら、2022年末のタコス屋オープンに向けて準備中。年末のオープンに向けて、そろそろ店舗スタッフも募集します。興味がある方、DMください!

スタッフ募集/DMアドレス
info@miyoshiya-tacos.shop