カルチャー

あの人がメキシコへ向かう理由。/中原慎一郎

蒸留酒万歳! 現地で飲んでみてわかったメスカルの引力。

2021年5月5日

photo: Kengo Shimizu
text: Keisuke Kagiwada

魅力しかないメキシコの街。こんなに写真を撮った国は他にない。

お酒の写真

 現アメリカ合衆国大統領は「メキシコとの間に壁を作る」と物騒なことを言っているけど、NYやLAに住むヒップな人たちはといえばそんな物言いなんてどこ吹く風、すこぶるメキシコにハマっているらしい。という風の噂を「そうだと思いますよ」と裏書きしてくれたのは、毎年のようにオアハカに通っている「ランドスケーププロダクツ」の中原慎一郎さんだ。

「彼らにとってのメキシコって、我々にとってのタイみたいな感覚だと思うんですよ。心理的にも距離的にも近い。メキシコシティがバンコクなら、オアハカはチェンマイに似ている。南国感があって、混沌としているけど、ちょっと落ち着きもあって、街を歩いているだけで楽しい。見どころがありすぎて、いつも山のように写真を撮ってしまうんですけど(笑)。加えて、チキン・モレソースのパスタ、パッサパサのパンを浸して食べる牛乳で溶いたカカオ……と、食文化も豊か。特に市場で売っていたジャーキーみたいな干し肉ですね。もう生涯食べた肉の中で間違いなくNO.1です。そんな魅力的な街をアメリカ人だけに独占させるのはもったいない」

 アレキサンダー・ジラルドによる、メキシコにアイデアの源泉を持つフォークアートを集めていく中で同地に興味を持ったという中原さんが、今最も愛情を注いでいるのがメスカル。聞き慣れない名前だが、何でもメキシコ原産の蒸留酒らしい。

「数年前から、NYやサンフランシスコでメスカルバーがすごい増えて。僕もそのスモーキーな香りに惹かれちゃって、よく飲んでいたんです。その後、初めてオアハカを訪れたのは2015年。せっかくだからメスカルの蒸留所も巡ろうということになって。メスカルって、大きい穴を土に掘って、中に焼いた石とかを入れて原料である竜舌蘭を蒸し焼きにして作るんです。そのアナログな製造方法もいいですよね。ちょっと飲んでみます?」

 と言って、中原さんが注いでくれたので、迷わずグビッといく。こいつは強い……。それもそのはず、48度。ただ、香りは芳醇で、ちびちび飲んだら心地よく酔えそう。

「メキシコだと、おつまみはだいたい粉々に砕いた昆虫とチリをまぜたやつなんですよ。オアハカには街中にメスカルを売っているお店があって、角打ちみたいにそこで飲めるんです。なかでも僕が一番好きなのが『ロス・アマンテス』って店で、インテリアのセンスも、専属ギタリストがずっと弾き語りをしている雰囲気も、働いている人も、全部いい。もちろん、お酒も美味しくて、最近では日本で行きつけのバーに、ここで買ったメスカルを置いてもらっているくらい(笑)」

 メスカルを現地で体験するだけでも行く理由としては十分かもしれない……とほろ酔い気分でうっとりしていると、「そういえば、これもメキシコ関連なんですよ」と中原さんが見せてくれたのは、ヨゼフ・アルバースという作家の「オマージュ・トゥ・スクエア」という絵画作品だ。

「いつだったか、メキシコの帰りにニューヨークのグッゲンハイム美術館に行ったんです。そしたら、たまたま『アルバース・イン・メキシコ』という展示がやっていて、僕がずっと好きだった『オマージュ・トゥ・スクエア』という作品が、アルバースがメキシコ滞在中に見た遺跡にインスピレーションを受けて描かれたものだということが書かれてあったんです。そんなエピソードはまったく知らなくて、これも何かの縁だと作品を買いました。あー、いろいろ話しているうちに、また行きたくなってきた(笑)」

プロフィール

中原慎一郎

なかはら・しんいちろう|「ランドスケーププロダクツ」ファウンダー。1971年、鹿児島県生まれ。1997年、「ランドスケーププロダクツ」を立ち上げ、オリジナル家具等を扱う旗艦店『Playmountain』をオープン。住宅、店舗のデザイン業務などを幅広く手掛ける。