カルチャー

小さな店のはじめ方。Vol.9

編集者、タコス屋になる。

2023年5月10日

photo & text: Taichi Abe
cover design: Bob Foundation

すっかりご無沙汰してしまった。波佐見で器をつくった後、これまでとは比べものにならない速度で、すべては進行していった。急に吹いた突風に、きりきり舞いになっていたのだ。まずは、店舗。レシピ作成を担当してもらっているand recipeの山田英季さんには、メニューのみならず厨房設備のアドバイスをしてもらった。何が必要か必要でないか。わからないことがわからない。そんな飲食業界ビギナーの僕が “5段飛ばし”くらいができたのは、山田さんの助言のおかげ。世の中には厨房設備を扱う代理店がいくつかあって、2社で相見積もりをとりながら、1社に決定した。山田さんの意見を参考に交渉を重ねながら金額はなるべく抑えてもらったものの、キッチンの総額はおよそ新車1台分(すべて新品を購入したから、でもある。厨房機器のレンタルやリースを利用したり、中古品を購入して費用をさらに抑えるというやり方もある)。軽自動車なのか、ポルシェなのかは明言を避けるが、僕のドライブはエキサイティングに始まりそうだ。

カウンターが立ち上がっていく。小さな「店」をつくっているのだと実感した瞬間。
正直、初めてみた機器もたくさん。山田さんがいなければ、僕はたくさん無駄買いしていたことだろう。

同時に、客席をはじめとした内装工事が進んでいく。これまで設計士の内山章さんとあれこれ話し合ってきた図面上でのイメージが立体になっていく。色々なスタイルがあるのだと思うけれど、僕の場合はすべてを決めきってから完成まで突き進むのではなく、使う照明、壁の色、床の仕上げなど、その都度現場で相談しながら決めさせてもらった。しっかりと話し合ってあれこれを決めてきたとはいえ、リアルになってくると心変わりすることも多々あるわけで、このようなジャジーなやり方で進めてもらえたのは、嬉しい限りだった。

ぶち抜いた壁を窓にする。角の曲線の具合も内山さんと調整しながら決めた。

ただ、選択肢は無限だ。店舗のデザインに、正しいことも間違ったこともない。人間、決断をするために何が一番大事か。それは基準だと思う。指針と言ってもいい。何かがないと、ふらふらしてしまう。少なくとも、僕の場合は。ある日、内山さんに見せてもらった動画がある。「僕、この雰囲気がいいと思うんですよ。太一さん、どう思います?」と差し出された携帯電話には、ブルーグレーを基調にした場所で踊る女性がいた。動画のクオリティが良かったこともあるのだけど、その“内装”は僕好みだった。以降、僕と内山さんはこの動画を共有イメージにしながら、あれこれ決めていくことになる。

内山さんと共有した動画。ブルーグレーのグラデーションで構成される世界観に魅了された。

壁のカラーリングを考える際にも、この動画を基準にして決断をしていった。一方で、もちろんその動画と〈みよし屋〉は構成される要素が違うので、同じように仕上がるわけではない。ひと言でブルーグレーといっても、パントンの色見本には微妙なニュアンスの違う色が並んでいる。そこから僕なりに良いと思う色を提案するのだけど、それが自分にとって正しいものなのかわからない。悩んだ僕はひとつの手段をとることにした。壁の色を決めるために、信頼できる友人を頼ったのだ。決断するには基準が大事と言ったけれど、僕はそこにもうひとつ「信頼できる友人」を付け加えたい。絶対音感と同様に、色の世界にも絶対色彩感覚みたいなセンスを持った人がいる。僕にとって、そのひとりがBob Foundationの朝倉洋美さん。僕は彼女を現場に呼び、色の確認作業をすることにした。何も伝えずに彼女が選んだカラーリングが、僕のセレクトと一緒だったとき、嬉しかったことを覚えている。僕は「人」という字の長い棒だ。支えられながら何とか生きている。

壁の色見本を取り寄せてもらって、比較する。一番左とその隣の差異はごくわずか(泣)。

何かを決めた数日後には、その決断がすべてかたちになっている。日中は編集の仕事があるのでなかなか現場作業には立ち会えなかったけれど、夜にひとり立ち寄ると「もうできてる!」と驚くことの連続だった。イメージが現実になることが嬉しくて、僕はその新しい壁や床、照明機器を肴に、電気がつかない夜中の〈みよし屋〉でレモンサワーを飲んだ。薄いピンクのカウンターができたときには、お客の目線で、その後には従業員の立ち位置で、と色々なポジションで飲んでみた。

カウンターが完成。月明かりと街灯の光が差し込む店内で、ひとりで酒を飲む。

いつまでもセンチメンタルではいられないのだけど、2本目を飲み終わるあたりで思うことがある。「お母さんが見たらどう思うんだろうな」とか「お父さんもきっと同じように驚くんだろうな」とか。想像する回答は、きっと現実でも大きく変わらないのだろう。悲しい思い出は決して消えたりはしないけど、楽しい時間を積み重ねられたときにそれは時に糧となることがある。あのことがあったから今がある。きっとそうだ。でも、だからって“あのこと”はなかったほうがよかったよな、お父さん、お母さん。そこにいない両親と対話しながら思う。よかったのか悪かったのか、どっちなんだ、オレ。酩酊した頭でぐるぐるしながらも、ひとつわかることがある。僕は前に進んでいる。

店先のショーケースはそのまま残してもらった。どうしていくかは後で考えることに。

プロフィール

阿部太一

阿部太一

あべ・たいち | 1979年、香川県小豆島に生まれて東京で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。anan、BRUTUS、Hanakoの3部署で編集者として活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとしてエディターを続けながら、タコス屋を準備中。スタッフも引き続き募集しているので興味がある方、インスタもしくは以下のメールアドレスにDMください!

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