カルチャー

Y2Kとコンデジの質感

文・村上由鶴

2023年3月31日

「#filmphotography」の次は「#digitalcamera」がキているようです。
つい最近まで、というかまだまだそのブームも終わってはいないように思いますが、セレブやおしゃれさんたちの間ではフィルムカメラがしばらく人気を博してきました。わざわざフィルムで撮った写真を、インスタに投稿して、自分のフィード自体を映えさせるブームが、インスタでアウトプットするという部分はそのままで、2000年代のコンパクトデジタルカメラに変わってきているようです。

この背景にあるのはとりわけこのいまの時代において、自分が撮る写真の質感を選ぶことがファッションであり、装いのひとつとなっているということがあります。

これは、時代に応じて、眉毛の太さが変わったり、制服のスカート×靴下の丈のバランスが変わったり、デニムの履き込みの深度のトレンドが変わったりしてきたのと同じこと。
写真の質感が、このような時代のトレンドを示すもののひとつに参入しているというわけです。

フィルムの粒子感と独特な色味のある写真は、つい最近まで、エモ写真の筆頭として、「1周まわってイケていた」のですが、少し回り過ぎたのでしょう。
スマホ登場前のコンパクトデジタルカメラ、いわゆる「コンデジ」には、エモい粒子感もなく、かといって高解像度過ぎないので、細部がわずかにぼんやりとするようなドライな質感があり、これが1周まわって「今」に「キた」。
iPhoneなどに搭載されている背景をボカすドラマチックな機能も、美肌機能もない、いわば「ただのデジタル写真」であるコンデジが「気分!」なのには、いくつか理由がありそうです。

ひとつには、動画が録れること。フィルムカメラのリバイバルし始めた頃より、「短い動画」を録って共有することが一般的なものになったいま、スマホのカメラではない、解像度が低い質感を動画に持たせることができる点は大きいのではないかと思います。

もうひとつは数年前までは、本当にイケてなかった、強めのフラッシュを焚いた写真のトレンドです。
顔とか体など、カメラのすぐ近くにあるものには強く光があたっていて(でも白飛びまではいかないバランス)、背景はかなり暗くなり、かつ人物の影が消えることがあるような写真。3〜4年ほど前から、ユルゲン・テラーやジョニー・デュフォーなどの一流のフォトグラファーのファッション写真の仕事や、写真家たちの間で近年よく目にするスタイルで、2020年前後のファッション・イメージの一つの特徴となっています。
このように、ファッション・イメージのフロントランナーたちの刷り込みによって、コンデジっぽい質感がイケてるというムードが作られてきたと考えられるのです。

とはいえ、実際に「#digitalcamera」というハッシュタグを使ってSNSに写真を投稿している人(の写真)を観察すると、写真の質感以外のところに魅せられてもいるようです。
その「写真の質感以外のところ」とは、実はカメラそれ自体。
「#digitalcamera」にハマっている人は、その若干古いデジカメの、その物体としての魅力にも惹かれているように見えます。

そもそも、カメラというアイテム自体が、ちょっと目玉親父的かわいさがある物体だなとわたしは常々思います。
そのうえ、コンデジのシマーなツヤのボディは、黒いボディがほとんどであるフィルムカメラには多くはありませんでしたし、コンデジは、フィルムがいらないのでフィルムカメラよりサイズが小さめ。その小さいボディに、ちょいダサなシールを貼って自分のものとしてカスタマイズしている人(特に女性)が多いようです。そのカメラごと鏡に写すかたちで撮影している写真も少なくないので、コンデジを持っているところを写したいという意図が見て取れます。

加えて、「#digitalcamera」で特徴的なのは、コンデジの背中についている液晶画面越しの写真です。充電の残量や撮影モード、日付などが表示された画面をスマホなどで撮影している写真も多く散見されます。液晶画面を撮影するとき特有のざらつきも加わって、1995年にUS Vogueでニック・ナイトが撮影したケイト・モスのエディトリアル写真のような風合いが出ていて、確かに良い感じ。

そういいえばこれって最近見たな・・・と思い返すと、New Jeansの『Ditto』のMVがまさにそれですが、まさに彼女たちが体現しているようなY2Kのムードが、一般にはコンデジの質感および物体として現れていることが興味深いところです。
このように、いま、「#digitalcamera」的な、写真の質感やニュアンスは、完全に時代と合致しています。
これからの新しい写真は、このような演出やテクスチャーを超えたところから始まるのでしょう。いわば、メカに関するハッシュタグ付きの写真の流行は、市井のひとびとには流行のはじまりですが、プロのフォトグラファーや写真家にとってはむしろ終わり。間も無く次の時代の質感が発明or再発見されるのかもしれません・・・!ではまた。

インフォメーション

村上由鶴

むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。