カルチャー
レストランと恋の話。/くどうれいん
2022年12月18日
『デートって「おいしいね」だ』

デートのつもりはなかった。その男は緑色のコートを着て、緑色のふちの眼鏡をかけて、緑色のリュックを背負ってきた。「緑が好きなの?」と訊くと、「いや、そういうつもりじゃないんだけど、バイト先はモスバーガー」と彼は答えた。わたしはこの男のことを日記の中で「ミドリくん」と呼ぼうとこころに誓った。
仙台市本町の『さふらん』は老舗喫茶のようなお店だがカレーがとても人気らしい。はじめて会う男の子と行くにはすこし冒険な気もしたけれど、はじめて会う男の子とでなければ冒険はできない。わたしたちはふたりとも「ハンバーグフライカレー」を頼んだ。平皿に乗った白米の上に塗り広げるように黄味のつよいカレールーが敷かれ、その上に大きな揚げ物が鎮座している。想像以上のパワフルな見た目に、やはりすこし冒険しすぎたかな。と思う。スプーンで上から下に切るように掬って食べると、目がまんまるくなった。「お、おいしい!」。目の前の彼も大きくひとくち食べ、ん! と目を細めた。食べるのに集中しすぎて無言になっていることに気が付いた時にはすでに食べ終えそうで、はっまずい、と思ったが彼も目の前のお皿に集中しているようだった。おいしいものの前でやけに静かになる人のことをわたしは信頼している。店を出てから「おいしかったね」「おいしかった」と言い、ゆっくり散歩した。カフェまでの道のりがわからなくて迷いそうだから案内してほしい、と言うと、彼は「迷ってみたいから迷ってみて」と言った。「迷うことならまかせて」。わたしが真逆の方角にずんずん進むのをとてもうれしそうについてきた。
さふらんが閉店したと知り、ふたりで悲しんだ。デートのつもりではなかったが、思い返すとあれが最初のデートだった。おいしかったね、と言いあうことこそがデートのすべてではないか。わたしたちはその後「おいしかったね」をたくさん繰り返し、いま、一緒に暮らしている。
プロフィール
くどうれいん
作家。1994年、岩手県生まれ。著書にエッセイ『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』、短歌『水中で口笛』、絵本『あんまりすてきだったから』など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。新刊『虎のたましい人魚の涙』が現在発売中。
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