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いま食べたい – 鹿児島県錦江湾のカタクチイワシ –
2022年7月16日
photo & text: Chie Yokota
edit: Masaru Tatsuki
「昔から錦江湾はカタクチイワシの宝庫」
九州の南、鹿児島県の薩摩半島と大隅半島に挟まれた錦江湾。多種多様な魚が生息し、イルカが定住する豊かな海だ。そんな錦江湾では昔からカタクチイワシ漁がさかんに行われてきた。地元ではカタクチイワシのことをタレクチと呼ぶ。口が垂れたような見た目からきた呼び名だ。
とったカタクチイワシは市場に卸すのではなく、カツオ漁船に生餌として販売する。海の上で取引され、カタクチイワシを購入したカツオ船はそのまま屋久島沖や奄美周辺の漁場へ移動して漁を行う。「(ほかのどの魚よりも)タレクチは食いがいい」と、カツオ漁に欠かせない存在であり、日本人になじみのあるカツオのたたきやかつお節はカタクチイワシ漁があってこそ存在する。知られざるカタクチイワシの世界である。
垂水市に拠点を持つ㈱かね丸水産は、現会長の池田兼男さんが10代で小さな中古船を購入して始め、以来、50年以上の長きにわたってカタクチイワシ漁を行ってきた。かつては10数軒くらいの同業者がいたが、養殖に切り替えたり廃業したりして、現在錦江湾でカタクチイワシ漁を行うのは㈱かね丸水産だけ。
「やっぱな、こうして今まで残ったのも設備投資をしてきたから」と池田さん。技術の発展と共に、GPSやレーダーなど最新設備を搭載した船を積極的に導入してきた。また、カタクチイワシの質の高さも生き残った理由だ。とってすぐのカタクチイワシは巻き網の中で暴れたり擦れたりして弱っているため、生簀で4~7日程度ならせてから漁船に販売している。カタクチイワシの鮮度はカツオ漁の成果を左右するため、カツオ漁船にとって質の高さは死活問題である。㈱かね丸水産はカツオ漁船からの評価が高く、20年以上の付き合いがあるところもあるそうだ。
「やっぱタレクチ(カタクチイワシ)が一番」
カツオが食べるにせよ、人間が食べるにせよ、痛みが早いカタクチイワシは鮮度が命。足が速く入手経路は限られるカタクチイワシをいつでも食べられるのは、漁師の特権だ。池田さんも「タレクチにかなうもんはない。タレクチが一番」と顔をほころばす。刺身、味噌汁、唐揚げで味わうのが定番で、一番鮮度が大事なのが味噌汁だという。刺身や唐揚げはとった日の昼や夜でも食べられるが、味噌汁は絶対朝のうちでないといけないそうだ。
捌き方はシンプル。指で頭を落として、その後水で何度も洗って鱗を落とす。大きめのカタクチイワシなら包丁で鱗を落とすが、小さいものは水で何度か洗えば大丈夫。味噌汁は、なますにした大根を水に入れて沸騰させて、最後に刻みネギ、カタクチイワシを入れてさっと火を通して麦味噌を溶けば完成だ。カタクチイワシを煮込まず最後にさっと入れるのがコツ。
カタクチイワシのプチっとした食感と、はらわたのほのかな苦みが絶妙だ。九州ならではの甘めの麦味噌によく合う。カタクチイワシ漁は深夜に出発して翌朝の9~10時ごろ戻ってくるため、夜通し働いた後にほっと体を温めてくれる味噌汁は格別の味わいだ。東京から来たお客さんをカタクチイワシ尽くしでもてなすこともある。高級料亭では食べられない産地の味である。