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いま食べたい – 山形県吹浦の岩牡蠣 –

2021年8月10日

photo & text: Masanori Naruse
edit: Masaru Tatsuki

「数百年じゃきかねえ。縄文時代からだぜ」

山形県飽海郡吹浦港は、わずか20㎞東にそびえる鳥海山の冠雪が川を伝い、あるいは地下から湧出して磯に注ぎ、淡水と海水が交じり合うことで美味なる岩牡蠣が育つ、知る人ぞ知る名産地だ。秋には鮭も遡上して賑わうこの土地で、いつから岩牡蠣が獲られているかと伺えば、番屋の老翁から返ってきたのが冒頭の言葉だった。

冬に食べる真牡蠣と違い、岩牡蠣は夏が旬。養殖でなく天然だから、深いところだと水深10mまで素潜りし、岩にがっしりと固着しているのを獲る。いまはバールのような道具を使うにしても、おそらく漁法は変わらない。そう、縄文時代から。

まさかと思うだろう。港から10分ほど歩けば、縄文時代前期末の集落跡に行きあたる。ニホンジカやイノシシとともに、岩牡蠣が出土している。平安期にはその上に集落が形成され、現代も人びとが暮らす。老翁の言葉どおり、少なくとも七千年前から獲られ、食べられてきたことになる。

そんな土地で、岩牡蠣漁をしている一人が土門拓也さん。代々漁師を営む家に生まれ、高校卒業後は地元の製造業に勤めるも、「おもしぇぐなぐなって(面白くなくなって)」21歳で漁師に。家族で漁業を営み、岩牡蠣は一度の規定量の90㎏を一人で水揚げする。「一回の漁で?100回も潜ってんじゃないかな」。さらりとした口ぶりに似つかない仕事量が控える。

その岩牡蠣の味たるや、絶品。牡蠣の概念がぶっとぶ。

「一番おいしい食べ方?生だな」。

殻をこじ開け、貝柱を切り、何もつけずにそのまま口へ。これが極上の食べ方。いや食べるというより喉に流し込むといったらいいだろうか。喉を通っていく際に磯の香やなめらかな食感、まろやかな質感を覚える。それらも季節ごとに変化するから一興。初夏はじつに爽やか。梅雨の切れ間に吹きつける潮風のようだ。夏が深まり産卵期が近づけば、豆乳のように濃厚でクリーミー。漁期は五月末から八月いっぱい。生で食べられるのは一週間ほど。冷凍はしない。まさしく旬を味わうのである。

「獲れるようになるまでだいたい3,4年。手のひらサイズの大きさだと10年ぐらい。獲りっぱなしだと、ぜんぜん、ねくなるの(いなくなる)。漁が終わったら岩盤掃除して。牡蠣がつくように」。

7000年の岩牡蠣。身一つで海と向き合う漁師。そこに失われない生の足場がある。荒波に揺られながらも、幸が育まれてゆく磯がある。

「うめぇ牡蠣だ。今でねばかんねー!」