フード
自販機バーガートリップ in 群馬。
2021年5月9日
photo: Keisuke Fukamizu
text: Kosuke Ide
2018年9月 857号初出
かつては誰もが一度は食べた、幻のハンバーガー。
その「生ける伝説」を探して、群馬県へ。
少年時代の思い出、シワシワバーガーを求めて。
「自販機バーガー」と聞いて、何とも言えぬサウダージ感覚に包まれるという人は、おそらく30代以上の人になるんじゃないか。その名のとおり「ハンバーガーを供する自動販売機」はかつてゲームセンターやボウリング場、アイススケート場などの遊興施設や高速道路のサービスエリアなど多くの場所に設置され、行き交う人々の小腹を満たしてきた。大抵の場合は、うどんやそば、トースト、ポップコーンなどのホットスナック自販機とともに。その最盛期は昭和40~50年代にかけてで、つまりコンビニエンスストアが普及していつでも軽食を摂ることが可能になった1980年代半ば頃から、自販機バーガーは街から徐々に姿を消していった。それから約30年の時を経て、今やそれらは“絶滅の危機”にあるという。一説では全国に残るのはすでに十数台、東京都内には稼働中の自販機バーガーはゼロとも噂されている。
自販機バーガーを一度でも食べたことのある人なら、あの特徴的な風貌を覚えているはずだ。機内のオーブンで瞬間的に温められた小ぶりのハンバーガーは、蒸気の影響によりバンズの表面に無数の“皺”が生じる。このシワシワバーガーが、紙箱に入った状態で供される。その柔らかくチープな食感はなかなかに忘れがたいディープ・インパクトをもたらしてくれた。
そんなハンバーガー界の最右翼、自販機バーガーに再会したい! という思いから向かった先は群馬県。というのも、群馬県は県民100人当たりの自家用車保有台数が67台と全国トップという日本一の「車社会」。車社会につきものがドライブインというわけで、そこにまだ現役で稼働する自販機バーガーが存在するとの情報を聞きつけた僕らは車に乗り込み、関越自動車道へ。ロードトリップを敢行した。
まずは上信越自動車道・藤岡インターチェンジから約15分の『ドライブイン七輿』へ。横に長い平屋建ての簡素なプレファブ建築、上部に取り付けた横書きの看板。だだっ広い駐車場に多くの車両が並ぶその姿はこれぞリアルドライブイン。店舗内はゲームコーナーと自販機コーナーに分かれており、後者にはホットスナック自販機が並ぶ、あの昭和の光景が保存されていた。
訪れたのが昼時ということもあり、簡素な長机の席は老若男女、家族連れなどの客で大賑わい。ハンバーガー自販機を探し出し、懐かしすぎる外観に心を躍らせつつ、230円を投入。自販機が唸り始め、約1分後に「コトッ」と軽い音を立てて、黄色い箱に入ったハンバーガーが現れた。
取り出すと、やはり大小の皺にびっしりと包まれたアレだ。バンズは意外にも適度な歯応えがあり、パティもジューシー、記憶しているよりずっと旨い。正直「こんなんだっけ?」というくらい普通にイケる味。
ドライブインのオーナー、木村清さんによれば、「自販機を置き始めたのは昭和50年から」とのこと。「最初はただ道沿いに5、6台の自販機を並べて始めたんです。これが評判が良かったので、9年後に妻と食堂をオープンしてドライブインにしました。当時はまだバイパスができてなくて車通りが多かったから、トラックの運転手もたくさん寄ってくれてね。ここでデコトラの集会イベントをやったり。高度成長で景気も良かったから、楽しかったですね」
数年前に30年以上続けた食堂を閉めたが、自販機とゲームコーナーはまだ継続中。「自販機自体、もうメーカーでは作ってないんですよね。壊れちゃったら、自分で直す。部品がなければ作ってもらう。それもできなければ、もう終わりかな」
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開業当時の初々しい姿を今に伝える2枚の写真。
自販機ビジネスを始めて40年。日本中からホットスナック自販機が消えていく中、実は近年になって再び注目が集まってきているという。「今時珍しいっていうんで、テレビの取材が来たり、映画のロケに使われたり。それを観たお客さんがまた来てくれるようになった。機械が動く限りは、一生続けていくつもりですよ」
現在進行形で進化し続ける自販機バーガーグルメ。
ドライブイン七輿のような「インディペンデント系」とは別に、この群馬にはかつて40店舗以上もチェーン展開していた『オレンジハット』なるドライブインがあったが、本社の倒産に伴い、現在はそれぞれの店舗が個別に経営を続けている。太田市・沖之郷『オレンジハット』と国道142号線沿いの『ピット・イン77』はいずれもその系統となる店だ。いずれもゲームメインで、スナックコーナーは閑散としていたものの、自販機バーガーはしっかり健在。しかも定番のチーズバーガーの他、「ベーコンカレーバーガー」、限定バーガー「大辛+ハム+PKGM(ピリ辛ガーリックマヨネーズ)バーガー」まである!
こんなグルメな自販機バーガーが存在するとは驚きだが、実はこれらの商品を製造しているのが、オレンジハットに長年、自販機用の食品を納入してきた伊勢崎市の食品製造卸「株式会社ミトミ」。
しかも、同市にはこのミトミが開いた食品自販機専門店、その名も『自販機食堂』があるという。
訪れてみると、ドライブインのレトロ感とは異なり、どこかモダンでポップなムード。店内には各種自販機が並び、テーブルとカウンター席で食すことができる。
「自販機バーガーの売り上げがだんだん下がっていく中、会社でツイッターのアカウントを作り、つぶやいてみると、全国の食品自販機のファンの方々から反応があって。当時、甲子園で前橋育英高校が優勝したので、そのスクールカラーの黄色に合わせて、チーズをたっぷり入れたハンバーガーを宣伝してみたら、100個があっという間に売れた。手応えを感じて、この食堂をオープンしました」と店主の都丸佳津行さん。
全国の自販機マニアも訪れるという店内だが、近隣のサラリーマンや親子連れ、カップルなど一般客が次から次へと入ってきて、文字どおり「食堂」として立派に機能している。ハンバーガーの種類も定番のダブルチーズ、タルタルミートの他、限定メニューも不定期に登場するという。「新商品に対するお客さんの反応を見るアンテナショップでもあるんです。バンズもパティも出来合いのものを使わず、ソースも添加物は使わないようこだわっています」と質の向上に努めているのが素晴らしい。
「機械が故障したとき、お客さんの自販機マニアの方から『ぜひ直させてください』と連絡があり、基板から新たに設計して修理してくださいました。手のかかる商品で、儲けは多くはないですが、ファンの方々に支えられてやっています」。自販機カルチャーがマニアから地元民まであらゆる人々に現役で愛されている群馬県は、自販機バーガーの聖地なのである。
SHOP 1
ドライブイン七興
SHOP 2
オレンジハット 沖之郷店
SHOP 3
ピット・イン77 太田牛沢店
SHOP 4
自販機食堂
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