カルチャー
サンドイッチと映画
映画を見る片手間に食べられるから相性がいいなんて思ってほしくない。 この2つにはもっと人間の深い部分に関わっているんだから。
2021年4月20日
illustration: Yoshimi Hatori
text: Keisuke Kagiwada
2014年9月 809号初出
サンドイッチと映画はジョンとヨーコ並みに相性がいい。実際、もしもアカデミー賞に「最優秀小道具賞」なんてのがあったら、最多受賞は確実だろうってくらいサンドイッチは映画の中で重要な役割を担ってきた。例えば『サンドイッチの年』なんか題名からして既に重要そうな感じがぷんぷんしている。といって、年がら年中サンドイッチを食べ続ける男に取材した異色ドキュメンタリーとかではないから安心してほしい。それどころか、劇中に食料としてのサンドイッチは出てこない。じゃあ、なにがどう“サンドイッチの年”だっていうのか。
舞台は1947年のパリ。主人公は両親を強制収容所で失った15歳のヴィクトールだ。映画は彼を軸に、一方ではこの地で知り合ったフェリックスとの友情を、他方で、身寄りのない彼を住み込みで雇い入れる偏屈な古物商マックスとの子弟関係を綴る。しかし、フェリックスとの関係はある事件を機にあっけなく終わり、泣きじゃくるヴィクトールにマックスが語るのが、右ページに引いた言葉だ。「サンドイッチの年」とは、“人生の中でも特に具の詰まった時間”の比喩ってわけだ。
それにしても言い得て妙な比喩だと思う。なぜって、アメリカ映画をはじめ、映画の中で登場人物たちがサンドイッチを食べているとき、それはかなりの確率で“人生の中でも特に具の詰まった時間”を過ごしているシーンだから。例えば、心優しき脱獄囚ブッチと彼に人質にとられたフィリップ少年の交流を描く『パーフェクト ワールド』では、厳しい家庭で育ったフィリップにとって“初めての冒険”とでも呼ぶべき旅路の途中、マスタードだけのストイックなサンドイッチを作って2人で食べる。“同じ釜の飯を食う”じゃないけど、こうして年齢を超えた友情を育んだ時間をフィリップは忘れないはず。そんな健やかなるときはもちろん、病めるときもサンドイッチは最高の腹ごしらえになる。『ポーキーズ』では、売春宿に乗り込むも、身ぐるみ剥がされ追い返された悪ガキ6人が、その仕返しを決意する場面で悔しさを紛らわせるためにサンドイッチを噛み締める。
事態は恋愛映画においても同様だ。例えば、その手の映画の演出で、監督が最も気を使わないといけないのは出会いのシーンだが、『ノッティングヒルの恋人』では、男が女に道端ですれ違いざまにサンドイッチとオレンジジュースをぶっかけてしまうことから恋の火ぶたが静かに切られる。ありきたりな少女漫画じゃないんだからと苦笑する人もいるかもしれないが、サンドイッチとオレンジジュースというチョイスはロマンチックな演出として悪くない。いわゆる“歩きスマホ”をしていてぶつかっても舌打ちされて終了だろうし、ぶっかけたのが熱々のうどんとお茶だったら恋愛というより刑事事件に発展していただろうから。
恋愛映画において、男女(もちろん、男男でも女女でもいいのだが)が出会ったら次は何をするのか。とりあえずは初デートだろう。『ステイ・フレンズ』の描く初デートは、NYの夜景がいい感じに見渡せるビルの屋上に忍び込んで、寝転がりながらピタサンドを食べるというものだった。シティボーイ的には夜景の見える高級レストランでのフルコースなんかよりこっちのほうがしっくりくるし、“忍び込む”っていうスリリングさも含めて真似したくなるオツなシーンだ。
そんなふうにデートを重ねる中、次のステージに行くには、やはりどこかでどちらかがプロポーズする必要がある。最悪の出会いを果たした男女が11年の時を経て結ばれるまでを描いた『恋人たちの予感』は、パンチラインすぎるプロポーズシーンで名高い一作だが、実はそこにもサンドイッチはからんでくる。まず押さえておきたいのは、この作品が映画関係者に“記憶に残る映画の中のサンドイッチ ベスト10”のアンケートを取ったら、確実に3位以内に入選を果たすくらい、主人公たちがサンドイッチを食べる場面が有名だってこと。食べながら他愛もない会話をするだけだが、二人の息の合ったかけあいは確かに見ていて微笑ましくなる。しかし、ここで重要なのは女の珍妙な食べ方だ。男のほうはパストラミ・サンドを頬張っているのに対し、彼女は別々に盛られたパンとハムを自分でサンドしながら食べている。二人が初めて一緒に食事をしたシーンで、彼女がウエイトレスに細かい注文をつけて男に引かれていたことを考えれば、また面倒な注文をしたのだろう。なぜ、そんなことが重要かって、男がプロポーズするとき、それに触れるからだ。いわく「サンドイッチを注文するのに1時間半かける君を愛している」と。11年という歳月は、最初は引いていた彼女の行動をも愛しくさせる。この手のせりふってクサくなりがちだけど、そこに「サンドイッチの注文の仕方」という変化球を持ってくるユーモアセンスはニクすぎる。
もちろん、出会いがあれば別れもある。さえない中年男のレイノとヴァルトが、ヒッチハイクをしていた外国人旅行客の女、タチアナとクラウディアを拾い、目的地まで届ける様子を静謐に綴る『愛しのタチアナ』なんか好例だ。お互い気になっているものの、決して口に出したりしないレイノとタチアナは、隣に座って肩を寄せ合うのがせいぜい。そんな中、最後の夜に「お礼に」ってことで女性陣は男性陣にサンドイッチ(といっても、1つを4等分したものだけど)と紅茶をごちそうする。なぜ紅茶かって、この男たちはコーヒーやウォッカばかり飲んでいるから。「健康に」って乾杯するのには、どうしたってほっこりさせられる。
どうだろう。映画の中でサンドイッチがいかに登場人物たちの人生における重要な瞬間に登場してくるかわかってもらえただろうか。なんでサンドイッチなのかといえば、この食べ物が身近だからという理由に尽きると思う。サンドイッチを食べたことない人がこの世にどのくらいいるのかは数えたことがないけど、そんなに多くはないんじゃなかろうか。その程度に身近な食べ物であれば、人生の重要なタイミングに介入してきたって不思議じゃない。実際、誰にだって一つや二つ、自分にとっての「サンドイッチの年」と呼べるような瞬間に、笑いながら、泣きながら、怒りながら、サンドイッチを頬張った記憶があるはずだ。そんな経験はないって人でも、ここで紹介した映画を見たら不意に思い出すかもよ。
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