カルチャー
二十歳のとき、何をしていたか?/三宅裕司
2022年5月13日
photo: Takeshi Abe
styling: Asami Kato
text: Keisuke Kagiwada
2022年6月 902号初出
周囲の大人たちに歯向かいながら、
都会的なかっこいい笑いを目指して、
〝喜劇役者〟になるまで。

ガールフレンドと破局し、
部活で学園祭のスターに。
〝喜劇役者〟という言葉が物珍しくなって久しい。かつて〝comedian〟の活動の場は演劇や映画であり、その日本語訳こそが喜劇役者だった。しかし、今ではTVバラエティを主戦場とする〝お笑い芸人〟を指す言葉になった感がある。そんな中、喜劇役者であることにこだわり続けているのが、〝ミュージカル・アクション・コメディー〟を旗印に掲げる劇団スーパー・エキセントリック・シアターの主宰者、三宅裕司さんだ。
8mm映画作りが趣味の父と日本舞踊を教えていた母のもとで育ち、明治大学付属高校在学中はバンドと落語に明け暮れたというから、この道を歩んだのは必然だったと言える。しかし、エスカレーター式に進学した明治大学で選んだのは経営学部。明治といえば、文学部演劇専攻というぴったりな進学先があるというのに、なぜ?
「もちろん、視野になかったわけじゃありません。だけど、高3のときに今の女房と付き合うことになり、『あれ、この人と結婚するんじゃないか?』なんて盛り上がっていたんです。それで就職率のいい経営学部に決めたんですが、大学に入る寸前に別れてしまって。大学生活は彼女と楽しくすごそうと思っていたのに、詐欺ですよこれは(笑)」
結果、「やることがなくなっちゃった」という三宅さんは、落語研究会とダンス音楽研究会での活動に勉強そっちのけで打ち込み、学園祭のスターになっていく。であるからして、落研の後輩たちは卒業したら噺家に弟子入りするもんだと思っていたそうだが、三宅さん自身が目指すと決意したのは喜劇役者だった。
「落語は上に年寄りがいっぱいいるから、そこで一からやるのは大変だろうなと。それよりも、小さい頃から憧れていたクレイジーキャッツみたいに、音楽と融合した笑いをやりたいなと思いまして。それが僕の考える都会的なかっこよさでもありましたから。幸い、お袋は芸事に理解があったので、『親族の中に1人くらいお前みたいな馬鹿がいてもいいだろう』と許してくれました。それで卒業後は母の知り合いが講師を務めていた、市ヶ谷にある日本テレビタレント学院に入学することになったんです。その知り合いっていうのは、サイコロ賭博の仕草を教えていたんですけど(笑)」
しかし、入ったはいいが、大学を出してもらったのに好き勝手やっている身の上ゆえ、もう親のスネはかじれない。どうしたものかと思っていたとき、「バイトしないか」と声をかけてくれたのが、日本テレビの子会社で、学院を経営していた読売映音だ。いわく、「明治の経営学部を出ているんだからいいだろうと思われたんです(笑)」。
「最初の頃は、遠洋漁業の船に売るため、日テレの番組のマザーテープをひたすらダビングするという仕事をしていました。録画中に見た、コント55号の番組とかはかなり勉強になりましたね。ときどきマザーテープを消しちゃうなんていう失態も演じましたけど(笑)。昼休みはよく日テレの7階の喫茶室でお茶をしていたんですが、それがすごく楽しみでね。サラリーマンのように昼休みにほっとひと息入れるという経験ができたのも、のちに役者をやるようになってから役立っている気がしますね」
では、本分であるはずの学院のほうはどうなったかといえば、これは生徒が若い人ばかりで馴染めず、半年足らずで辞めてしまったという。しかし、時同じくして、旧郵政省が団地限定ケーブルテレビの実験放送を多摩ニュータウンで行うにあたり、読売映音も参加することになり、三宅さんはなんと司会者に抜擢されることになる。
「いろいろやりましたが、忘れられないのは多摩市長との対談です。ディレクターと一緒に綿密な台本を作って臨みました。ところが、この多摩市長、やけに頭の回転が速いんですよ。1時間番組なのに40分で用意していたすべての質問を使い果たしてしまったんです。あと20分どうする!? だって、生放送ですよ! 『えーっと、この件に関しては……さっき聞きましたよねぇ……』みたいな感じですよ(笑)。そのあとどうしたか記憶にないですけど」
AT THE AGE OF 20


自分の劇団を旗揚げしたのは
やりたい笑いを追求するため。
「でも、これはいい経験でしたね」と振り返る実験放送が終わったのは1年後のこと。と同時に、三宅さんは読売映音を辞めることを決意する。「社員にならないかと誘われましたが、やっぱり喜劇役者を諦められなかったんですね」。折よく、東京新喜劇という劇団が旗揚げされると聞きつけ入団するが、一度も公演をやらずに解散してしまった。
「その後は、ある照明会社の社長さんと意気投合して少年探偵団というコントグループを作りました。そして新宿アルタのウエイター、ウエイトレスがステージでショーを披露する『パイガーデン』というお店で少年探偵団旗揚げライブをやることになり、東京中の知り合いを呼んで満席にしました。しかし、ステージに出ていった瞬間、『あ、これはウケないぞ』と気づいてしまったんです(笑)。稽古中から思うことはあったんですが、それが確信に変わってしまいました。本番で気づくっていうのはつらいですよ。終わった後、みんなが楽屋に挨拶に来てくれたんですが、恥ずかしくて外に出られませんでしたから。それで少年探偵団から脱退することになるわけですが、そのときに照明の方に言われたんですよね。『三宅さんはやりたい笑いが決まっているんだから、自分でやったほうがいいですよ』って」
三宅さんがその言葉を痛感することになるのは、再結成した東京新喜劇(諸事情あり名前は大江戸新喜劇に変更された)に入ったときだった。
「主宰者の考える笑いが、当時の僕には古くさく感じられたんですよね。モンティ・パイソンみたいな知的な笑いに惹かれていたときで、『喜劇に人情なんていらねぇ』と突っ張っていましたから。それで15人の団員を引き連れて辞めて、池袋の喫茶店でスーパー・エキセントリック・シアターを結成したのが、28歳のとき。当初は異種交配をテーマにした『コリゴリ博士の華麗なる冒険』(1981年上演)とか、人類に警鐘を鳴らすようなブラックな笑いを追求していましたね。だけど、40代に入った頃かな、急に人情喜劇のよさをわかるようになったんですよ。ショックでしたね。20代の頃あれほど否定していたのに、それは間違いだったと気づいてしまったわけですから。それから自分なりの人情喜劇を考え始めて今に至ります。だから今、突っ張っている若い人がいるなら、変える必要はないんじゃないですか。そのうち正しかったかどうかわかる日が来るはずなので。間違いだとわかった場合は、ショックを受けると思いますが(笑)」

プロフィール
三宅裕司
取材メモ
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