ライフスタイル

【#4】貴族と泥棒

2022年3月30日

中年男のファッション遍歴など誰も興味はなかろうが、“お気に入りのブランド”とか“こだわりの着こなし”とか、何一つ定まらぬまま、気が付けば46歳。(もうちょっと、小粋な大人になれると思ってたな~……)とため息が出る。

筆者が冴えないのは、中2の夏から20歳手前までの6年間、“ひきこもり”だったことも無関係ではあるまい。中学・高校と言えば、ヘアースタイルや洋服に気を遣う、人生で最も色気づく季節。そこがゴッソリ抜けているのだから、ファッションに疎くなるのも道理だ。

「○○か~い!」とワイングラスを打ち鳴らす、“貴族の乾杯漫才”で、売れっ子となったのが2008年。いやらしい話で恐縮だが、多少稼ぎも増え、自由に洋服を買う余裕ができた頃、お世話になったのが『泥棒日記』である。勿論、フランスの小説家、ジャン=ジェネの傑作とは別物。

龍や虎、菊をモチーフにした厳(いか)ついデザインが評判のブランドで、当時、人気芸人がこぞって贔屓にしており、お笑い界では空前の和柄ブームが巻き起こっていた。……筆者もご多分に漏れず、というわけだ。あれから10年以上の月日が経った今、もう“和柄”に袖を通すことはない。いや、柄どころか、なるべく目立たぬ、無地の服ばかり選ぶようになった。

当方、人付き合いが苦手で、社交がゼロ。「LINE交換する?」との一言で、袋小路に追い詰められたように感じてしまう厄介な性分である。

街でも新幹線でも、とにかく、芸能人や制作スタッフに遭遇し、「あれ?男爵じゃん!?ちょっと飯でも行く?」などと声を掛けられたくないのだ。

一発屋と言えども、たまに出かけるテレビ局。黒のキャップに黒のダウン、ネイビーのズボンといったいで立ちで、楽屋までの道程をうつむき加減で進んでいく。その姿、傍から見れば、ほとんど空き巣。

……となると、この文章は差し詰め、『泥棒日記』だろうか。

プロフィール

山田ルイ53世(髭男爵)

1975年生まれ、兵庫県出身。ルネッサーンスのフレーズと乾杯漫才でお馴染みのお笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。主な著書に『ヒキコモリ漂流記完全版』(角川文庫)、「一発屋芸人の不本意な日常」(朝日新聞出版)、「パパが貴族」(双葉社)、「一発屋芸人列伝」(新潮文庫)がある。ラジオ局bayfmで、2022年4月から新番組「シン・ラジオ」木曜日担当のヒューマニスタとして登場。