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いま食べたい – 長崎県野母崎地区のイセエビ –

2021年9月17日

photo & text: Haruna Yamamoto
edit: Masaru Tatsuki

九州本土の西の果て、長崎半島の先端に位置する野母崎地区。3方を海に囲まれ、多様な海産物がとれる海の町だ。一本釣り、定置網、底引き網、刺し網など、漁法も多岐に渡る。そんな野母崎の漁師が、一斉にひとつの漁にわく季節がある。秋、イセエビ漁の解禁の時期だ。

「昔はとれすぎて、尻尾の身のある部分だけ出荷してたこともある」
定置網漁師の三浦尋生さんも、この時期はイセエビにかかりきりになる。野母崎のイセエビは濃厚な甘みが特徴で、料理人の舌もうならせる。時期になると地元の人も多く買い求め、例年、供給が消費に追いつかないほどだ。陸揚げされたイセエビが立てるギイギイという独特の音、これがやかましいほど、漁師の顔はほころぶ。

「味噌汁が一番うまかね」
1匹で刺身と味噌汁、別々の味わいを堪能できるのがイセエビの良いところ。自家どれの魚を供す食事処も経営している三浦さん。捌く手つきも鮮やかだ。刺身は、切り離した下半身を3秒間熱湯につけるのがポイント。すぐに氷水で冷やして、身を剥がして切り、甲羅を器に盛りつける。

味噌汁は、土地の人がもっとも好む食べ方だ。頭を半分に割り、煮立て、火を止めてから味噌をとく。

「グツグツに煮立てがほうがよかよ」
そのほうが、エビの風味が出るのだという。より濃厚なエビ味を堪能したい人は、ドロリとなるまで煮詰めると良い。シンプルな調理法だが、エビの旨味が脳髄にガツンとくる。じゃがいもや玉ねぎを一緒に煮ると、これがまた、やたらとうまい。鮮度がいいイセエビが手に入る、産地ならではの味わいだ。

「稚エビの姿をみなくなった」
伊勢エビの産地として、伊勢エビまつりというイベントも例年行ってきた野母崎地区。しかし、その漁獲は低下しつつある。
「そればかりのせいにしたくはないけど、やっぱり、磯焼けの影響があるかなと思う」
野母崎地区で近年著しい、藻場の消失現象だ。地球温暖化がその一因とも言われる。イセエビの稚エビは、海藻の森で育つ。その森がなくなると、新たなエビが育たない。今、とれているエビは、すでに成長しきった親エビばかりだ。この数年で、この先育つ次世代のエビが網にかからなくなった。稚エビの再放流や、海藻の種付けなども行っているが、状況はかんばしくない。海のものと対峙する漁師は、気候や生態系の変動を、肌で感じている。
だからこそ、と三浦さんは言う。

「今、食わせたか」