カルチャー
ぼくの好きなホラー/細野晴臣
2021年8月18日

ホラーはけっこう観てますね。きっかけは小学生の頃に観たヒッチコック。なにかの映画を観に行ったら、そのときの予告編がアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』だった。本人が出てきて、不気味な館の中を歩きながら、「ここで恐ろしい事件がありました」とか言うんです。それがとぼけていて面白かったので、封切られてすぐ観に行くと、予告編とは裏腹にすごく怖い。そこからヒッチコック・ファンになりました。『鳥』にも衝撃を受けましたね。鳥が人を襲う映画なんて、それまで観たことがなかったから。
ただ1950年代、’60 年代は、ホラーの名作って少なかった気がするな。たしか『双頭の殺人鬼』というC級映画を観た記憶があるけど、あれはくだらなかった。そんな中、素晴らしかったのが『回転』です。モノクロで、デボラ・カーというきれいな女優さんが主演した、屋敷にまつわる霊的な話。観たのは公開後、ずいぶんたってからだったけど、怖かったな。オカルト的っていうかね。

ホラーの名作がたくさん出てきたのは’70 年代だったと思います。その時代の映画でいちばん怖かったのは『赤い影』。いまだにいちばん怖い映画かもしれない。リアルタイムで観たのか覚えてないけど、監督のニコラス・ローグが音楽的な作品をいろいろ作っていたので、興味があって観に行ったら本物のホラーだった。しかも怖いだけでなく、すごく美しい。
ざっくりあらすじを言うと、水の事故で娘を亡くしたイギリス人の夫婦が、傷心のままヴェニスに向かうんです。夫は建築家で、ヴェニスにある教会の修復依頼を受けたんですね。ところがヴェニスに行くと、赤いレインコートを着た女の子の後ろ姿を、何度か見かけては見失う。実は娘が亡くなったときに着ていたのが赤いレインコートなんです。そして幻覚なのか、夫が自分の葬儀船に乗る妻の姿を見たり、盲目の老女が彼らに忠告を与えたりする。
観る人によっては、どこが怖いのかという映画かもしれません。でもすべてが予兆に満ちていて、最後の瞬間に恐ろしいことが起こる。その最後のシーンにズキーン、ドキーンとして、あ、これは二度と観られない映画だと思った。何度も観たけどね、その後(笑)。あとで調べたら、『赤い影』の原作を書いた小説家のダフネ・デュ・モーリアは、ヒッチコックの『鳥』や『レベッカ』の原作者でもあるんです。全部好きな作品だから驚きました。彼女の小説には映画作家を惹きつけるものがあるんだろうね。
スプラッターは苦手だな。血だらけの映像は恐ろしいけど、脅かされるのはむしろ音響で、聴覚へのアタックが心臓に悪い。ホラーでも心に残る映画はあるわけでね。例えば『アザーズ』は、古い屋敷を舞台にした画面の雰囲気が『レベッカ』に似ていて好きでした。アレハンドロ・アメナーバル監督作。でもヒッチコックみたいに耽美的なところがあって怖かった。この映画もそうだけど、脅かして怖がらせるわけではなく、本当の怖さとは何かを教えてくれるホラーが好きなんです。そういうものはいつ観ても色褪せない。ときどきあるね、そういうホラーが。

SFホラーが好きだから、曲を作ったこともある。
小学生の頃、ハヤカワ・SF・シリーズばかり読んでいたせいか、SFホラーも好きです。’70 年代の終わりに『エイリアン』を観たときは怖かったな。それまでにはなかった映画でしたね。
そもそもSFにはホラー的な要素が多いんです。SFホラーの中で特に怖かったのは、『ウエスト・サイド物語』のロバート・ワイズが監督した『アンドロメダ…』。古典的名作ですね。パンデミックものの先駆けと言っていいんじゃないかな。当時、この映画で有名になったのが原作者のマイケル・クライトンで、彼はこのあと『ジュラシック・パーク』などで知られるベストセラー作家になりました。『アンドロメダ…』はたまに観直します。

SFホラーが好きだから、それをもとにして曲を作ったこともある。「ボディ・スナッチャーズ」という曲です。’50 年代に作られた『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』と、’70 年代のリメイク版『SF/ボディ・スナッチャー』、そのどちらもすごく好きでした。『SF/ボディ・スナッチャー』はオリジナルに敬意を表していて、オリジナルの最後の場面で俳優が逃げ惑うところから始まります。その当時の俳優がちゃんと出てきてね。そういう演出も好きだった。

最近のホラーも観てますよ。でもがっかりすることが多いかな。2018年にロンドンへ行ったとき、映画館の前を通ると怖そうな映画を上映していて、それが『ヘレディタリー/継承』だった。帰国後に観たんだけど、定石どおりで怖くなかった、と思うのは少数派か……。悪霊ものは出尽くしたと思いますね。その点、『哭声/コクソン』は斬新でした。悪霊の本質を描いていたのは『エクソシスト2』。リチャード・バートン主演。名優の出ているホラーは逸品です。

Blu-ray ¥5,280(KADOKAWA)


Blu-ray ¥5,280(アイ・ヴィー・シー)

DVD ¥1,572(NBCユニバーサル・エンターテイメント)
※2021年8月時点での情報です

Blu-ray「HDリマスター版」¥5,280(ハピネット・メディアマーケティング)
プロフィール
細野晴臣
ほその・はるおみ|1947年、東京都生まれ。音楽家。はっぴいえんど、YMOでの活動やソロワークスを通じて、多彩な音楽を生み出す。7月にはSKETCH SHOWの過去作品がアナログで発売された。
関連記事

カルチャー
伝説のホラーコミック出版社、ECコミック。
キングとロメロも大好きだった「ECコミック」。
2021年8月12日

カルチャー
a History of Horror Films ’90s(1/2)/文・入江哲朗
自己模倣するホラー映画。
2021年8月17日

カルチャー
映画の“初対面”について考える。- シネマディクト4人の見解 –
・廣瀬純(批評家) ・チャド・ハーティガン(映画監督) ・鷲谷花(映画研究者) ・ウィロー・マクレー(映画批評家)
2021年3月9日

カルチャー
ナタリー・エリカ・ジェームズ 選/逃れられない恐怖を追求するコズミック・ホラー。
2021年8月13日

カルチャー
a History of Horror Films ’80s(1/2)/文・平倉圭
クローネンバーグのヌチョヌチョした肉体。
2021年8月8日
ピックアップ

PROMOTION
フレンチシックでカルチャー香る〈アニエスベー〉で街へ。
agnès b.
2025年3月11日

PROMOTION
きみも福祉の仕事をしてみない?/保育士・佐々木紀香さん
2025年3月24日

PROMOTION
きみも福祉の仕事をしてみない?/訪問介護ヘルパー・五十嵐崚真さん
2025年3月24日

PROMOTION
Gramicci Spring & Summer ’25 collection
GRAMICCI
2025年3月11日

PROMOTION
〈バウルズ〉というブランドを知りたい。
vowels
2025年3月15日

PROMOTION
〈Yen Town Market 〉がFCバルセロナの新コレクションを展開! 街というフィールドを縦横無尽に駆け抜けよう。
2025年3月21日

PROMOTION
僕とアイツの無印良品物語。
2025年3月11日

PROMOTION
〈adidas Originals〉とミュージシャンの肖像。
ASOUND
2025年3月19日

PROMOTION
屋外でもアイロン、キャンプでも映画。
N-VAN e: を相棒に、オンもオフも充実!
2025年3月7日

PROMOTION
“チェキ”instax mini Evo™と僕らの週末。
FUJIFILM
2025年3月4日

PROMOTION
足取りを軽くさせるのは、春の風と〈クラークス〉の『ポールデンモック』。
2025年3月3日

PROMOTION
堀米雄斗が語る、レッドブルとの未来予想図。
Red Bull
2025年3月17日

PROMOTION
〈OLD JOE〉がソール・スタインバーグとコラボレーションするんだって。
OLD JOE × SAUL STEINBERG
2025年3月7日

PROMOTION
謎多き〈NONFICTION〉の物語。
2025年3月28日

PROMOTION
きみも福祉の仕事をしてみない?/社会福祉士・高橋由茄さん
2025年3月24日

PROMOTION
いいじゃん、〈ジェームス・グロース〉のロンジャン。
2025年2月18日

PROMOTION
春から連れ添う〈イル ビゾンテ〉。
IL BISONTE
2025年3月3日

PROMOTION
“濡れない、蒸れない”〈コロンビア〉の新作スニーカーで春夏のゲリラ豪雨を乗り切る。
2025年3月7日

PROMOTION
きみも福祉の仕事をしてみない?/介護福祉士・永田麻耶さん
2025年3月24日

PROMOTION
L.L.Beanの春の装い。
L.L.Bean
2025年3月7日

PROMOTION
夏待つ準備を。
Panasonic
2025年3月11日

PROMOTION
この春、欲しいもの、したいこと。
Rakuten Mobile
2025年3月7日