カルチャー

「自由という名の街」のはなし。/第6話:長塚京三

2026年10月31日

「自由という名の街」のはなし。


photo: Naoto Date
text & edit: Kosuke Ide
cooperation: Miu Nakamura

何だかとらえどころがない、でもここにしかない何かがある。
POPEYE Webが愛する街、東京・自由が丘を語るインタビュー連載!

「九品仏」の名で親しまれている「浄真寺」の参道で。戦後すぐの頃、この参道口の斜め前にあった理髪店を営んでいた伯父のもとに、幼い長塚京三さんと父母が身を寄せた。

景色は少し変わったけど、50年前と同じ道がある。

 太平洋戦争が終わって、渋谷あたりにいた僕の父は焼け出されて、九品仏近くの兄のもとへ家族3人で転がり込んだんです。僕は一歳でした。そこからですから、自由が丘周辺との付き合いはもう80年になります。

 子供の頃のこの辺りはごく質素な住宅地で、畑もたくさんありました。今は暗渠の遊歩道になっていますが、川があって、ザリガニやオタマジャクシなんかがウヨウヨしていた。ときどき、中学生が帽子を川に落としたりして、ウチに「網を貸してくれ」って来るんです。川べりは桜並木でトンネルみたいになっていて、花びらが花筏になって。ちょっと夢のような景色でしたね。お寺のそばには池があって、遊覧ボートを貸してくれました。幼稚園は近くの「トモエ幼稚園」に1年だけ通って、その後、九品仏幼稚園に転校したんです。理由はわからないんですが。

 小さい頃、夕方に自由が丘駅に父を迎えに行くと、アメリカの兵隊さんが暴れていて、怖かったこともあった。誰にも止められなくて、「戦争に負けるとはこういうことなんだ」と思いましたね。かと思えば、駅員さんが親切で、駅員が入る改札のボックスに入れてくれて、切符の回収を手伝わせてくれたりしたこともありました。

 九品仏ではよく時代劇の撮影をしていました。東宝や日活の撮影所が近かったからね。自由が丘には映画館もたくさんあった。日活系、東映系の邦画をかけるのが2館、あと洋画はロマンス座、武蔵野館、自由ヶ丘劇場、ヒカリ座……全部行っていました。最初は親に連れて行ってもらってね。その頃、僕が「邦画は嫌だ」と言って泣いたらしいんです。暗いのが多いから。洋画がいい、と。小学校高学年くらいからは、一人で観に行ってました。やっぱり西部劇が好きだったな。『駅馬車』とかね。ロマンス座と自由が丘劇場は2本立て、3本立てですから、そこでかなり本数を稼ぎました。

 映画を通して外国への憧れがあったんでしょう。大学を中退してパリに行って、戻ったのが29歳のとき。その間に、自由が丘も発展して変わったみたいですね。帰国後は、都内で何箇所か住みましけど、だんだん自由が丘に近くなってきて、結局ここに戻ってきて、33歳のときに家を建てた。やっぱり馴染んでいるのでね。

 小中学校の同級生で、ずっとそのまま住んでいるのは数人だけですけど、まだ近くに住んでいる人も多いから、今でもときどきクラス会があります。もう人数は少なくなったけどね。それでも、僕が仕事で何かの賞を取ったときは、友人が集まってくれたりしますよ。

 自由が丘の良いところ? そうですねえ……まあ、ウチが近いってことかな。街は映画館と本屋さんがあればいいんでね。でも映画館はなくなったし、本屋さんも減ってしまったね。駅前にあった「不二家書店」も去年なくなった。以前は、散歩しては本を買っていたんですが。ただお店は変わっても、道は変わっていないですから。高低の起伏も変わらないし、景色は少し変わったけど、50年前と同じ道がある。自分が通った小学校もすぐ近くにあるしね。

 今も毎日のように散歩します。原稿執筆の依頼があって、どうにも書けないときがあるじゃないですか。そんなとき、歩きながら考えると、身になることがあるんです。助けてくれるんですよ、土地の“気”が。僕にとっては、この辺はいい気が流れている場所。運がいいんです、僕は。

プロフィール

長塚京三

ながつか・きょうぞう|1945年生まれ、東京都出身。フランス留学中、映画『パリの中国人』で俳優デビュー。帰国後74年にドラマ『樹氷』に出演し国内での活動を開始。92年の映画『ザ・中学教師』で初主演を務め、「毎日映画コンクール」男優主演賞を受賞。映画『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』(97)で第21回日本アカデミー賞優秀主演男優賞、映画『敵』では12年ぶりに映画主演を務め「第37回東京国際映画祭」最優秀男優賞、「第49回日本アカデミー賞」優秀主演男優賞を受賞。主な出演作に、ドラマ『金曜日の妻たちへ』『愛の嵐』『ナースのお仕事』シリーズ、『逆転弁護士ヤブハラ』、映画『急に具合が悪くなる』など。

今回の撮影場所

九品仏浄真寺の参道

九品仏は東京都世田谷区奥沢にある浄土宗の寺院。1678年に珂碩上人によって開かれ、境内には三仏堂が並び、九体の阿弥陀如来像が安置されている。最寄り駅である東急大井町線「九品仏駅」の改札を出て左手すぐに、約100メートルの参道がある。