トリップ
ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.11
写真・文/石塚元太良
2025年6月27日
雨は真夜中に激しくなり、テントを激しく打っていた。まるでタガの外れたドラマーのように僕のテントを打ち続けて、眠りを妨げ続けた。シェルジャケットを着込んで、テントの上にタープをして、雨と風を凌いだ。嵐のような雨と風だった。
明け方に、雨風は次第に弱まり落ち着きを見せた。腹が減っていることを無視できず、タープの軒下で米を炊いて食べた。持参してきた食料は、もう底をつきかけていた。残るはエネルギーバー2本と、味噌が50グラムくらい。ふりかけのゆかりとケチャック。それにティーパックが3つだけだった。
食事が終わるとタープの下でテントをなんとか収納して、雨の様子を伺う。雨のピークは過ぎたが、昨日歩きすぎた疲労感で、タープの下で二度寝してしまった。昨日の疲労だけではない、この遠征全体の疲労が蓄積していた。昨日、森へハイキングに行かず、そのまま帰ったほうが良かったのかもしれないな。そう思うけれど、こればかりは仕方ない。自然の中で衝動的に行動することを止めることはとても難しい。長く歩くこと、それ自体も僕の身体が求めていたことだった。
タープの下でうつらうつらと、浅い眠りに包まれながら、ハッとして起き上がった。川べりに置きっぱなしにしているパドルが、川の増水により流される寸前だったのだ。目印に川べりに立てていたのパドルが倒れ、あともう少しで川に飲み込まれるところだった。激しく雨が降ったあと、びっくりするほど急にその水量が増水し始めていた。その時差に、恐怖を感じた。
あと少し気づくのが遅れたらと思うと、心臓がバクバクした。パドル無くしては、カヤックは方向を定めて進むことは難しい。当たり前だが、パドルはこの大自然から脱出するために、なくてはならないアイテムの一つである。大きな枝を使って、ナイフで切り出してパドルを自作してみることを想像してみた。いやいや、完成度の高いものを作るのは、一日の仕事では到底無理だろう。
疲労と眠気が吹っ飛んで、タープを撤収しカヤックに荷物を放り込んで、出発の準備をする。もっと大きな流れになる前に、ここから脱出する必要がある。食料が底をつきかけている以上、長くいればいるほど自然の中で追い込まれてしまう。
カヤックに乗り込むと、あっというまに下流へ流されていった。さっきまで寝ていた場所は、振り返るとすぐに見えなくなってしまうほどの流れだった。流れの中で、適切なポジションを見誤らないように気をつけて、これまでよりも強い力で乗り込んだカヤックは、街へ向かって流されて行った。
トロスコフスキと名のついた急流で再度、用心深く陸に上がって、岩に激突しないようルートを慎重に見つけながら進んだ。水とはなんと美しく、そして恐ろしいものであるだろう。自然にはいつも恵みと恐怖の両面がある。それが自然の姿であり、それが自然の本質なのだ。最後にその裏側の恐怖の顔を垣間見た。
トロスコフスキを過ぎると、ぽつりぽつりと人家の姿が見えてくる。久しぶりの文明である。人間の暮らしの姿が懐かしく感じられる。流れが穏やかになり、最後の10キロほどをへとへとになりながら、漕いでいく。今朝パドルを無くしたらと思うと、改めて恐ろしい。
残っているエネルギーバーを頬張って、味噌を舐めながら、なんとか夜になる前に、イヴァロリバーキャンプ場へたどり着いた。
荷物をキャンプ場のキャビンに放り込み、キャンプ場に併設されているレストランバーで、久しぶりに水道の水を、コップ一杯飲み干すと落ち着いた。
レストランの壁にある大型のテレビでは、サッカー中継がされていた。ゲームに参加する全員が、一定のルールを共有しながら、動いている様がいつもより奇異に思えた。テレビの画面を見続けながら、体が未だ、川の流れに乗っているようだった。
窓の外に目を追いやると、北極圏の光で夜の10時なのにまだ明るかった。考えたら、この遠征中一度も暗闇というものを経験していない。心底、暗闇が恋しかった。長く続く太陽光で、脳みその奥の方が休んでいない感じがした。キャビンにかかる窓際のカーテンがこんなに嬉しいのは初めてのことだった。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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