トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.5

写真・文/石塚元太良

2024年12月19日

 イヴァロ川とキラ川の合流地点には、最初のゴールドラッシュ撮影スポットがある。ヴィクトール・コイブランなる人物が暮らしていたという当時の小屋が残されているのだという。

 朝、撮影機材の準備をして、カヤックにそれらの装備を詰め込み、川の対岸に渡って捜索を始める。植生がすでに多くの痕跡を覆い尽くし始めていて、一見するとそこは原始からある森のように思える。けれどよくよく歩きながら観察してみると、人工的な感じをうける。入植の痕跡を感じるのだ。地面が掘り起こされたのちに、また自然によって馴らされている感じとでもいうか。

 北極圏ゆえに日差しがとても強く、6月のラップランドは夏真っ盛り。そよ風が涼しくて、どこまでも平和。金探しとは極めてプリミティブなギャンブルであるが、その反面こうしてその現場で自然の風景と向き合ってみると、牧歌的なものも感じることができるのであった。

 注意深くあたりの森を捜索し、ほとんど地中に戻りそうなサウナの跡らしきものを見つけた。三角の人間が一人入れるくらいの小さな小さな小屋の跡のようなものである。それは、大人が体育座りをして、熱々に熱した石を抱えるようにして入るスチームサウナの跡だった。

 フィンランド人が入植していた地点には、必ずサウナがあるのがとても面白い。この土地では、生活とサウナが切っても切れないものとしてある。その横には住居の跡も発見。すでに内部に入れないほど、押しつぶされ荒廃している。

 ヴィクトール・コイブランなる人物は、最後のゴールドディガーと呼ばれていた人物だそうである。1920年代にこのイヴァロ川にやってきて、1970年代まで金を探し暮らしていたらしい。つまりこのイヴァロ川のゴールドラッシュの史跡の中では一番新しいものであるという。50年に渡りこの小屋で生活していた以上、初期の頃は金の採集によりそれなりの利益をあげていたのだろう。

 フィンランドのゴールドラッシュ時代の資料には、並はずれたものがある。アラスカやパタゴニアなどの粗野な歴史意識と欧州のそれとでは少々桁が違う。コンパクトであるが、深みがあるのだった。

 その分、ワイルドさが欠けてしまうのは致し方ない。フィンランドの場合、政府が積極的にその土地を分割していたおかげで、記録も残りやすいということもある。それでも、フィンランド語ではない一時資料を見つけるのはとても大変だった。僕が参考にした資料は、『Storie from the Golden River Ivalojoki』サーリセルカ近郊のゴールドプロスペクター博物館が刊行しているもので、先のリサーチ時に入手したものである。現在は入手不可。こういった類の本は、初版の以上の再版が難しいのが原因で見つけたら、即購入しなくてはならない。(可能なら2冊。)

 フィンランドでの最初の撮影ゆえに、丹念にその史跡を撮影し終わると、大した朝ごはんも取っていないので、早めの昼ごはんを作って食べた。いつものように早めに茹で上がるエンジェルヘアーのようなパスタを茹でて、茹で上がったらオイル漬けのサーディン缶をまぶすだけ。この食事は僕が撮影遠征に出かける時には、いつも作る一番簡単で安く、さらに携行にも優れた常食である。まだ街を離れてから数日しか経っていないので、新鮮な卵とハムも加えてエネルギーを蓄える。そして午後もカヤックでのイヴァロ川の川下りは続いていく。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。